2017年4月10日月曜日

暗闇の中の足音

はじめに
良く晴れた、初夏のある昼下がり。
春の終わりと夏の訪れを告げるエウテルペ祭が終わってから二日が過ぎ、
ダナエ聖戦士の魔王は、
教会図書館の窓際の席にて、ほうっと息をついた。
紫の髪を肩まで伸ばし、
額には星の刺青。
この刺青こそが、
彼を聖戦士の魔王であることを決定づけている。
だが、聖戦士としての立場など、
このエウテルペ王国にいるときはどうでもよかった。
今は、教会図書館にて司書を手伝っている男である。
そして、今は休憩時間だ。もっとも、
今日は本の入れ替え作業や
貸し出し状況のチェックといった作業がないため
比較的に暇である。なので、
一般の閲覧者に混じって彼自身も蔵書の一部を読んでいた。
(そういえば、もうすぐ1年になるのか・・・)
彼がエウテルペに滞在することになるきっかけとなった出来事は、
ちょうど昨年の初夏に起こった。
エウテルペ祭の終了後、
彼が仕えている人物だけは故郷に帰らずにエウテルペに残った。
予定されていた視察をこなすためである。
だが、その視察とは別に他の目的も遂げた。
それが、盗賊になることである。
怪盗MRDが誕生してから、早や1年。
当時、ダナエでは盗賊を容認していなかった。
だが、怪盗MRDはその逆境を乗り越えたのだ。
よく、自分は反対しなかったものである。
怪盗MRDの意志が強かったことが反対させなかったのだろう。
「魔王さん」
突然呼ばれ、魔王はびくっとした。
「た、竹原博士」
彼に声をかけてきたのは、
エウテルペ城に住む天才科学者のヴィヴァルディ竹原だった。
黒い髪を肩まで伸ばし、濃い桃色の瞳を持ち、
細くて黒い縁の眼鏡をかけている。
「驚かせてしまったみたいだちん。許して欲しいちん」
「いえ、気にしていませんよ」
魔王は、竹原博士に言った。
「ところで、竹原博士がこちらに見えられるとは・・・」
「たまには、こっちにも足を運ぶちん。
そうそう、世界科学雑誌の最新号が出たちん。
こっち用のものを持ってきたちん」
「わざわざありがとうございます。早速、手続きをしなければ」
魔王は、竹原博士から世界科学雑誌の最新号を受け取ると
カウンターに向かった。
「フユさん、世界科学雑誌の最新号が入りましたよ」
「あら、ありがとう、魔王さん」
カウンターにいた、
黒い髪を腰まで伸ばし、縁無し眼鏡をかけ、
緑色の瞳をした女性が礼を言った。
彼女はフユ竹原。ヴィヴァルディ竹原の妻である。
フユは、魔王から雑誌を受け取ると
竹原博士のほうに目をやった。
「まったく、直接渡してくれればいいでしょう」
「そうすると、冷やかされるちん」
竹原博士は、カウンターに来て言った。
「冷やかす人なんていないわよ」
フユは少々呆れているようだ。
「ところで、世界科学雑誌の今号の注目は?」
魔王は、この空気を変えようと、思い切って訊いてみた。
「いちばんは、やっぱりメフィスト君の記事だちん。
メフィスト君の記事のおかげで、予約がいつもよりも多かったそうだちん」
竹原博士が答えた。
「やっぱりすごいわね、メフィストさんは。あなたは毎号記事を書いているっていうのに
、この差は何なのかしら」
フユが、少々皮肉混じりに言った。
「竹原博士の記事も素晴らしいと思いますよ」
魔王は慌ててフォローした。
現在、エウテルペ城下町郊外監視係として活躍しているメフィスト・カカオマスは、
3ヶ月に一度、世界科学雑誌に記事を寄稿している。
もともと、防衛型ミサイルの開発能力に長けている彼は、
それに関することはもちろん、
他にも、自分で興味を持ったことの記事を書いているのだ。
もっとも、メフィスト自身はミサイルが使われない世界がいちばんいい、と言っている。
そして、メフィストが作るミサイルは、
敵の戦意を喪失させることを目的に作られているのだ。
決して、多くの命を奪うために作っているのではない。
そのためか、
大規模なものよりも小規模なものの開発が中心になっている。
城下町の郊外に何らかの異常があったときに使えるものや、
ミサイルというよりも、
銃といったほうがいいくらいに小型のものも開発している。
「今号は、メフィストさんはどんな記事を書いているのかしら」
フユがそう言うと、竹原博士は答えた。
「雑誌を見るほうが早いちん」
「それもそうね」
フユは、世界科学雑誌を開いた。
そして、メフィストが書いた記事を見つけた。
「・・・カビについて、 メフィストさんにしては珍しいテーマね」
フユは正直に言った。
「確かにそうですね」
魔王はうなずいた。
そして、ふと思ったことがあった。
「もしかして、十五年前にあった、あの事件のことですか」
「どうやら、そのようね」
フユはうなずいた。
「メフィスト君も、あの事件には衝撃を受けていたようだったちん。十五年も経った今、
あのことを忘れて欲しくないっていう思いで、この記事を書いたと本人も言っているちん

竹原博士が言った。
「確か十五年前に新種のカビが発見されたんでしたよね。発見したのは、大空教授という
方だったとか」
魔王の言葉を、竹原博士は肯定した。
「そうだちん、魔王さん。その発見や研究が素晴らしいもので、学会からも絶賛され竹原
賞を授与されたちん」
「それにしてもすごいわね。あなたの苗字がついている賞ができるなんて。さすがは天才
科学者ね」
「しかも、十五年前にはすでにあったんですから、なおさらすごいですね」
「まあ…科学関係の学会で、僕の苗字をとった賞を作ろうってことで、僕自身にも許可を
求められたことがあるちん。正直驚いたちん」
「あなたの功績がずば抜けて高かったからでしょうね、きっと」
「それは言えてますね、フユさん。私も、竹原博士の研究はすごいと存じます。
で、何の話でしたっけ」
「確か、大空教授が新種のカビを発見して、
竹原賞を受賞したという話だったちん」
「そうそう、そうだったわね。で、その後すぐに・・・」
「亡くなったんですよね、大空教授が」
「その通りだちん。大空教授が発見したカビは、増殖能力が異常なくらいに高かったちん
。放っておけば、一週間でこの星が滅亡するというくらいに危険だったちん。大空教授は
、そのカビの増殖を食い止めるため、というよりも、そのカビを絶滅させるために、自ら
犠牲になったんだちん」
「人一人が死ななければならないくらい、恐ろしいカビだったんですね」
「大空教授がいなければ、今頃、私たちがこうして話すこともできなかったのね」
「そういうことだちん。大空教授は、自らの研究室で、命を落としたちん。繁殖するカビ
を食い止めるために、相当体力を使ったと言われているちん。また、あのカビは、他の生
物の生命力を吸い取る力があると言われていたちん。それでも、大空教授は、自ら命を落
としてでも、カビを死滅させる道を選んだんだちん」
それが、十五年前にあった出来事だ。
このエウテルペ王国や北に隣接するダナエ王国、
南にあるアマンダ王国で起こった事件ではない。
はるか東洋の国で起こった事件である。
しかし、あの事件は
こちらにも影響を及ぼす事件であることには違いなかった。
「カビが増殖していたら、怪盗MRDが活躍することもなかった、ということですね」
魔王は、思わずこう言っていた。
「そういえばそうね」
フユは納得した。竹原博士も同様である。
「大空教授には、確か一人娘がいたと聞いているちん」
竹原博士は、ふと思い出したことを言った。
「そうなのですか」
魔王が訊いた。
「確かそうだちん。お父さんが亡くなってから、どうなったかはわからないちん」
竹原博士は答えた。
「元気だといいわね」
フユが言った。
「同感です」
魔王はうなずいた。

1.怪生物

まだ太陽は高くない。
ベッドから出て着替えが終わると、
首の途中まで伸びた金髪をとかす。
鏡の中にいる自分と目を合わせる。
紅い瞳が、自分を捉える。
この瞳の色も、この目つきも完全に父親に似ている。
そのためか、よく父親に似ていると言われた。
それが苦痛な時期もあった。
父親と比べられることが多かったから。
だが、今は父親と比べられることはない。
なぜなら、父親がやっていないことをやっているから。
このエウテルペ王国で、「盗賊」として活躍すること。
それが、今の彼だった。
マクロス・ダナエ。

食堂に行くと、すでに多くの人が朝食を取っていた。
「おはよう、マクロス君」
「あ、おはよう、運命君」
彼の親友の、このエウテルペ王国の第一王子フォーン・サイレンス・エウテルペ
通称、運命がこちらにやってきた。
肩よりも低い位置まで伸ばした金髪に、茶色い瞳。
「運命君は、朝食は?」
「ああ、これからだよ」
お互いに、朝食がまだだったので同じ席で食べることにした。
マクロスが、このエウテルペ城で世話になっているのは、
彼自身が、この国の王族と仲がいいからである。
もっとも、
彼がこの国の北に隣接するダナエ王国の王族であるという理由のほうが
大きなものかもしれない。
エウテルペの王族たちは、特別扱いを嫌っており、
普段から食堂で他の人々と同じものを食べている。
マクロスは、ダナエ城で暮らしていた頃は
それは贅沢な食事をしていた。
だが、エウテルペに連れてきてもらったときは
エウテルペの王族に従った。
そして、
王族だけ贅沢な食事をすること、
贅沢な生活をすることは
間違っているのではないかと思っていた。
エウテルペ城で生活するようになってから、
他の人々と同じものを食べるようになったため、
後ろめたい感情はどこにもなくなっていた。
そして、今日もそんな生活が始まる。
「おはようございます、マクロスさん」
藍色のうねった感じの髪に、
緑色の瞳を持つ青年、
まだ少年といってもいいような顔立ちであるが、挨拶をしてきた。
腰にはパイプ銃が下げられている。
「おはよう、エボリ君」
マクロスも挨拶する。
エウテルペ王国第二王子エボリ・ウイング・エウテルペだ。
マクロスよりも二つ年下である。
ちなみに、運命とマクロスは同い年だ。
「エボリ、飯はまだか」
「これからだよ、運命兄さん」
「そうなのか。林君はもう食ったようだが」
「ああ、林は、護身用の霧ミサイルを作り足すってさ。最近、需要が増えてきたとか」
林とは、このエウテルペ城に住む兵士補助係だ。
武器の開発を担当している。
エボリと共に、ミサイルの開発を行う他に
単独で武器を開発することもある。
霧ミサイルは、
林が開発したミサイルの中でも、実用性が高いものだ。
殺傷能力はなく、
銃と同じくらいの発射台で、
それより一回り小さいミサイルを敵に向けて飛ばし、
命中すると一時的に霧が発生する。
これで、自分自身は安全なところに逃げられるというわけだ。
「需要が増えたか」
マクロスは、エボリの言葉が気になった。
「はい。城下町の人が、こちらに注文してくるんですよ」
エボリは答えた。
「何か厄介なことがあったとか」
「怪しい奴がうろついているらしいです」
マクロスの問いに、さらりと答えるエボリ。
「もしかして、怪盗に出くわすのが嫌だとか」
「それはないと思うよ、マクロス君。城下町の人たちが、盗賊協会に反発しているってこ
とはないし」
運命が言った。
マクロスは、この盗賊協会に所属している盗賊だ。
協会に所属していれば、正式に盗賊と認められる。
ただ、盗賊になったからといって好きに盗めるわけではない。
ちゃんと協会に依頼が出て、
それを引き受けた場合のみ盗みに入ることができるのだ。
協会の活動は、国も認めている。
「そうそう。マクロスさんに対して霧ミサイルを使うってことはないので安心してくださ
い」
「安心したよ」
エボリにも言われ、マクロスは本当に安堵したようだ。
「で、本当のところは」
マクロスが訊くと、運命が答えた。
「それは、新聞を見たほうが早いと思う。エボリ、今日の新聞にも載ってたよな」
「うん。ちょっと取ってくるよ」
「だから、私は本当に見たんですよ」

エウテルペ城下町のとあるアパートの一室にてー
薄い黄緑色の髪に細目の青年が、
エメラルドグリーンの髪に水色の瞳で
左目の下には傷痕をもつ青年に言っていた。
「本当に見たのか。冗談じゃないだろうな」
「若、私が冗談でこんなことを言うとでも思っているのですか」
若と称されるエメラルドグリーンの髪の青年は、
薄い黄緑色の髪の青年の話をあまり信用していないようだ。
「だいたい、本当にあるのか。人間が蜘蛛のように這って歩くなんて」
「私は見たんです。ウソなんかじゃありません」
「お前の見間違いじゃないのか」
「見間違いではありません」
「でも、見たのがお前の仕事帰りだろう。月明かりに騙されたんじゃないのか」
「騙されてなんか・・・」
と、そのときだった。
「一体どうしたっていうんですか、マスターも風(かぜ)も」
奥の部屋から、
薄い桃色の髪をポニーテールにした濃い桃色の瞳の青年が現れた。
額には白っぽい色の球体が三つ横に並べて埋め込まれている。
綺麗な顔立ちである。
「おう、セブン。起きたか」
「起きたかって・・・私は、だいぶ前に起きていますよ。甲冑の手入れをしていたんです

「それは感心なことですね」
「ありがとうございます、風。で、一体何をもめているのですか」
ポニーテールの青年のセブンは、今まで気になっていたことを訊いた。
そう、ポニーテールの青年はセブンである。
本名はSeven of Coldsで、人間ではない。
エメラルドグリーンの髪の青年はプリンス。
このエウテルペ王国がある大陸からはるか西に位置する大陸の
チュルホロ内にある大国ジスロフ帝国の王子である。
父親の暴君ぶりに嫌気がさして家出し、
このエウテルペ王国にやってきたのだ。
黄緑色の髪の青年は風。プリンスの付き人である。
ジスロフ帝国内で行われたエルフ狩りを逃れた
エルフの生き残りである。
つまり、風はエルフである。
エルフ狩りを逃れた彼は、ジスロフ帝国の王に拾われ
プリンスの付き人として仕立て上げられた。
プリンスが家出した後は、
彼自身がプリンスの後を追い、現在に至っている。
セブンは、ジスロフ帝国の王が生み出した怪生物である。
禁断の遺伝子工学により生み出された彼は、
限りなく人間に近いロボットである。
セブンという名前は、
彼の元となった怪生物コールドの第7号機だからである。
セブンは、プリンスの護衛ロボットであり、
プリンスの家出後は、
風と同じくプリンスの後を追ってここまで来た。
そして、現在に至っている。
プリンスが盗賊としてこのエウテルペで活躍しているため、
風とセブンも、盗賊として生活している。
三人とも、エウテルペの盗賊協会の会員である。
さて、プリンスと風が一体何をもめていたのか。
「実は、風が仕事帰りに、蜘蛛のように這って歩く人間を見たんだとよ。まったく、馬鹿
げているぜ」
「見間違いなんかではありませんよ」
風が見たという、とある人物についてもめているのだ。
昨夜、風は仕事帰りに奇妙な人間を目にした。
協会の建物に寄り、
仕事が完了したことを報告してこちらに帰る途中だった。
前方から、何かが近づいてきた。
見た目は人間のようだが、動き方が人間ではなかった。
地面に這い蹲り、
まるで蜘蛛が歩くような動きを見せたという。
その人間は、風には気づかずにどこかへ行ってしまった。
後を追おうとも考えた風だが、
仮にそれを実行して、無事である保証はどこにもない。
というわけで、そのままこちらに帰ったのだ。
すでに、プリンスとセブンは眠っていたので、
風も自室で眠りについたが、なかなか眠れなかった。
そして、今朝になり、
プリンスにこのことを伝えたのだが、
プリンスは全く信じてくれないのだ。
「ったく、作り話もほどほどに・・・」
プリンスがそう言いかけたときだった。
「おや、マスターはご存知ないのですか」
セブンが疑問の声を上げた。
「え?」
プリンスはきょとんとなった。
「新聞でも話題になっていますよ。謎の怪生物かエウテルペ城下町を這う人間、とありま
す」
セブンはそう言って、この日の朝刊をプリンスに渡した。
「地域欄に書いてありますよ」
セブンがそう言ったので、
プリンスは慌てて、
エウテルペ城下町とその郊外の事件がまとめられている紙面を開いた。
風が、覗き込むように見ている。
そこには、確かにセブンが言ったとおりの見出しがついている記事があった。
その内容は、
夜中エウテルペ城下町に蜘蛛のように這って歩く人間が徘徊している、
というものだった。
すでに目撃情報が何件か警察に寄せられているという。
風の話と同じだった。
「まさか・・・」
「マスター、風が言っていることはウソなんかじゃないですよ。紛れもない事実です。こ
うやって、身近に目撃者が現れると、他人事とは思えませんね」
セブンは冷静に言った。
たとえ、見出しに怪生物と書かれていてもだ。
「ほら、若。私が言ったとおりでしょう」
「うう」
プリンスは、自分が間違っていたことを認めなければならないのだった。

聖戦士の魔王が、マクロスたちに挨拶した。
「おはよう、魔王」
マクロス、運命、エボリも挨拶する。
魔王は、ダナエ王家に仕える聖戦士のひとりで、
マクロスの付き人である。
もっとも、付き人と言っておきながら
いつもついて回っているわけではない。
盗賊協会に行く必要があるのはマクロスだけである。
なので、魔王はこちらに滞在している間は
教会図書館の手伝いをしているというわけだ。
「魔王は朝食はまだか」
「はい、これからです」
マクロスの問いに答える魔王。
続いて運命が訊いた。
「それじゃ、一緒にどうです」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
魔王は答えた。
「ところで、何の話をしていたのですか」
今度は、魔王が訊く番だった。
「このことですよ」
エボリはそう言うと、新聞のとある紙面を出した。
例の、這って歩く人間が現れたという記事である。
「これは・・・教会図書館でも少し話題になっていたような気がします」
「だから林が忙しくなったんですよ。こういうわけのわからない奴に出くわしたときのた
めに必要な護身用の武器が欲しいっていう人がたくさんいるんです」
エボリが説明した。
「エボリ、霧ミサイルは護身用だけど武器ってわけでもないだろう」
運命が、そんな疑問を言った。
「俺にとっては武器だよ、運命兄さん」
エボリは答えた。
どうやら、霧で敵の視界をふさいでいる間に、
自由に攻撃できるという場面を想定している。
そう考えると、霧ミサイルも武器なのだ。
「なるほど。しかし、どうしてこのような人間が現れるようになったのでしょうか」
魔王は、それが気になった。
「あ、俺もそれは思った。もしかしたら仕事の帰りに、こういう奴に出くわしたりして」
マクロスが言った。
「本当に出くわしたらどうするの」
運命が訊いた。
「そうだな。まあ、深追いはしないよ。不確定要素に首を突っ込むのは危険だし・・・」
これは、マクロスが普段から言っていることである。
わけがわからない状態で
物事を一気に解決しようとはしないのがマクロスである。
「それがいちばんだよ」
運命はうなずいた。
「でも、この件については少し調べたほうがよさそうだな」
エボリが言った。
実は、エボリは探偵としての一面も持っていた。
エボリ、運命、林、そして
エボリの弟のトロス・ブライアン・エウテルペ、
その妹のミルテ・ヴェガ・エウテルペ。
この五人で組織されたのが、
[エウテルペ探偵団]である。
決して、マクロスたち盗賊と対立しているわけではない。
「俺も、いつ出くわすかわからないし、何かあったら協力するよ」
マクロスが言った。
「私もお手伝いいたします」
魔王も言った。
「ありがとうございます。・・・運命兄さんは」
「言われなくても、手伝う気でいたよ」
運命は、こうなるのも「運命」だったと思わずにはいられなかった。

2.人体実験

エウテルペ城下町の一角にあるエウテルペ大学工学部の一室にてー
「それは本当なのか」
茶色い髪に漆黒の瞳の男性がすごい剣幕で、
金髪に漆黒の瞳と緑色のパーカーにジーンズ姿の青年に向かって訊いた。
「本当だよ、父さん。この記事を見ればわかる」
金髪の青年は、新聞の地域欄を開いて茶色い髪の男性に渡した。
新聞を受け取った男性は、その記事に目を通した。
「何ということだ。 とうとう、このエウテルペに、あいつが・・・」
「あいつ?」
茶色い髪の男性の言葉に、金髪の青年は疑問を持った。
「おい、ライズ」
茶色い髪の男性は、突然、金髪の青年の名を呼んだ。
「な、何だよ、父さん」
今日の父親は、どうもおかしい。
青年ライズはそう思わずにはいられなかった。
「これは厄介なことになった!
お前、今すぐ警察とエウテルペ探偵団に連絡してこい」
「は?」
「いいか、今すぐにだ」
「ああ、わかったよ。で、連絡することは」
「警察にもエウテルペ探偵団にも、ゲルマン教授を捜索してくれと伝えてくれ。依頼人は
スター・スターダンスだ」
「父さんの名前を出せば、なんとかなるわけ」
「ああ。何とかなる」
「盗賊ギルドには」
「念のため、話だけはしておいてくれ。ゲルマン教授に関わる依頼を出すかもしれないと

「わかった。じゃあ、行ってくるよ」
「頼んだぞ」

エウテルペ城下町の一角にある盗賊ギルドにてー
盗賊ギルドは、盗賊協会の建物とつながっている。
つまり、
盗賊協会と盗賊ギルドは、同じ建物にあるのだ。
依頼の受付や盗賊たちの修行などは、
みんな盗賊ギルドで行われる。
「じゃあ、見たんですね」
マクロスは、他の盗賊たちから、ある話を聞いていた。
それは、新聞に掲載されていた蜘蛛のように這う人間の話である。
「おう。俺はこの目でしっかり見たんだ」
「俺も見たぜ。依頼をこなした帰りに。さすがにたまげたよ」
「私も見たわ。あれは男性ね。蜘蛛のように歩いていて、こちらと目が合ったら違う方向
へ逃げていったわ」
「なるほど」
マクロスは、今の情報を持っていた手帳に書いた。
「お、ひょっとして探偵団の手伝いか」
盗賊のひとりが訊いた。
「そうですね。できることがあるときは協力しなければならないし」
マクロスはそう答えておいた。
「てことは、探偵団はこの事件について調べているの」
女性盗賊が訊くと、マクロスはこう答えた。
「依頼がないので、本格的に調べているわけではありませんが、今のうちから、いろいろ
と調べておこうという話になりましたので」
その後、マクロスはこの三人と少し話した後、
このグループと別れた。
グループは、これから新たなる依頼の打ち合わせらしい。
ここでも目撃情報があった。
やっぱり、あの記事はデマなんかじゃない。
マクロスがこう思ったときだった。
「おはようございます、マクロスさん」
誰かが挨拶してきた。
「あ、おはようございます。珍しいですね。今日は一人ですか」
それは、盗賊仲間の風だった。
いつもなら、風が付き人を務めている、
あのプリンスも一緒にいるのだが、
今日は珍しくプリンスの姿がなかった。
「若は、少しへこんでおりまして・・・」
「え、何かあったんですか」
「実は、私の話が本当だったことにかなり衝撃を受けたみたいなんですよ」
「話が本当」
「あ、マクロスさんにはこう言ってもわかりませんよね」
風は、マクロスに今朝あったことを話した。
「そ、そんなことが・・・」
マクロスは、
プリンスが頭から信じていたことが見事に覆されたので、
それがショックなんだろうと思った。
そして、ふと思った。
「てことは、風さんも蜘蛛のように這う人間を見たんですか」
「はい、そうです」
風は、マクロスの問いに即答した。
「そのときのことを、詳しく話してくれませんか」
「いいですよ」
風は、昨夜の出来事をマクロスに話した。
「昨夜にも現れた、ということですね」
マクロスはそう言いながら、手帳に書いた。
「マクロスさん、調べているのですか」
「はい。まあ、俺が中心ではなく、エウテルペ探偵団が中心となっていますが」
「すると、お手伝いということですね」
「そういうことです。風さん、よかったら協力してくれませんか」
「喜んで。私は、この事件に直面しましたからね。一度でも関わったのだから、その解決
を見届けるのもいいでしょう」
風は、あの蜘蛛のように這う人間がかなり気になっているようだ。
「ありがとうございます」
マクロスは礼を言った。
「やっぱり、皆さん気にしているんですね」
カウンターのほうから、声がかかった。
声の主は、盗賊協会役員のチェックメイトだ。
紫の髪に、右は紫の瞳、左は濃い桃色の瞳をしている。
「あ、チェックメイトさん。おはようございます」
「おはようございます。風様」
風とチェックメイトは挨拶しあう。
マクロスは、すでに挨拶を終えている。
「チェックメイトさんは、この事件をご存知なのですか」
風が訊いた。
「私自身は目撃していませんが、皆さんがいろいろと話題にしているので話自体は知って
いました。今日の朝刊にも書いてありましたし」
チェックメイトは答えた。
「だけど、エウテルペ祭の前や最中には、こんなことは一切起こってなかった。それが、
エウテルペ祭が終わってから、こんなことが起こるようになった・・・」
マクロスは、それが何かの手がかりにならないかと思った。
「そういえばそうですね。エウテルペ祭の前や、エウテルペ祭の期間中は、こんな話はま
ったくありませんでしたね」
チェックメイトはうなずいた。
「ところで、風さん。エウテルペ祭はどうでしたか」
マクロスは、ちょっと訊いてみた。
「とても楽しかったですよ。春の終わりと夏の始まりを告げるお祭りが一週間も続くなん
て。他国からもたくさんの人が来ていたので、本当に大きなお祭りだと思いました」
風は、少し興奮ぎみに言った。
「やはり、初めての方は驚きますよね」
チェックメイトは納得した。
そう、エウテルペ祭の規模はかなり大きいのだ。
そして、
この期間中はエウテルペ城下町にたくさんの人が訪れる。
まさに観光シーズンなのだ。
この期間中が、
エウテルペ城下町にいる人の数がいちばん多い時期だと言われている。
城下町のいたるところに屋台が並び、
路上でのパフォーマンスが行われ、
コロシアムでは多彩なイベントが開催され、
競馬場では、レースの他に特殊なイベントが開催される。
とにかく、いろいろなことが披露される。
そして、エウテルペ王国を治める者が人々の前で
春の終わりと夏の始まりを告げる挨拶を行う。
これを目当てに訪れる人も少なくない。
「そのエウテルペ祭に原因があるのでしょうか」
風は、なんだか信じられないという様子だ。
「俺も、そうは思いたくないですよ。ですが、可能性はないわけではありません」
マクロスは言った。
「しかし、今回の事件はわかっていることが少ないですね」
チェックメイトの言葉に、マクロスも風も納得した。

エウテルペ城は謁見の間にて、
エウテルペ王国女王オクタビアン・ドーベル・エウテルペは
報告された名前を聞き返した。
「はい、ゲルマン教授です」
エウテルペ大学工学部に所属する、
地質学教授スター・スターダンスの秘書兼助手であり、
スターの息子でもあるライジン・スターダンス
通称、ライズは答えた。
オクタビアンは、茶色い髪をひとつに結い、茶色い瞳を持っている。
もっとも、瞳の色がわかるのは左目だけだ。
右目には、黒い眼帯がつけられている。
「どこかで聞いたことがある名前だわ・・・」
オクタビアンは言った。
「オクタビアン様もですか。実は、私も父から言われてからここに来るまで、どこかで聞
いたことがある…と存じていたのです」
ライズは、正直に言った。
「確かスターダンス教授は、今回の・・・人間が蜘蛛のように這って歩くという事件の記
事を見て、すぐにゲルマン教授のことを警察及び探偵団に告げろとおっしゃったのね」
「その通りです。オクタビアン様に報告したのは、俺・・・あ、私の判断でございます」
「ふふ、いいですよ、そんなに改まらなくても」
「は、はい」
ライズは、
エウテルペの王族は皆、心が広い人たちだと思っていた。
「それでゲルマン教授のことですが、スターダンス教授の話からすると人間が蜘蛛のよう
に這って歩くという事件と関係がありそうね」
「そういうことになりますね。ゲルマン教授は、人間が蜘蛛のように這って歩くという実
験か何かをやっていた、ということがある」
ライズは、自分で言っておいて
そんなことが本当にあるのかと思った。
「スターダンス教授がそんな剣幕で言っていたということは、まさか、人間を実験台にす
る人だとか」
「可能性はあります、オクタビアン様。エウテルペで実験台を物色し実験台となった人間
を・・・」
「ということも考えられますね。スターダンス教授の様子から、人間が蜘蛛のように這っ
て歩く事件とゲルマン教授には何らかのつながりがある。それを考えると、放っておくわ
けにはいきません。ライズさん、エボリたちにもぜひ話してください」
「ありがとうございます、オクタビアン様」

魔王は、いつものように教会図書館にいた。
「よう、魔王」
水色の髪に、紅い瞳をした男性が声をかけてきた。
「マクベス様」
それは、ダナエ王であるマクベス・ダナエだった。
「どうしてこちらに」
「いいじゃん、別に」
「・・・」
マクベスの答えに、魔王は言葉を失った。
そして、やっとの思いでこう言った。
「ビンティカ様を鍛える目的ですか」
「そうそう。あいつには、まだ肌で感じてもらうことがいろいろあるからな」
ビンティカとは、マクベスの娘だ。
そして、マクロスはこのマクベスの息子である。
マクベスが時々城を留守にするため、
マクロスとビンティカが小さい頃は
聖戦士たちがマクベスの代理を務めていた。
その当時はマクベスの父親がまだ生きていて、
しかも国王だったのだから
あまり問題はなかった。
マクロスとビンティカが成長してから、
マクベスの代理は決まってマクロスが務めていた。
つまり、ビンティカは
国に関わることにはほとんど関わっていないのだ。
なので、マクベスは娘を鍛えるために
こうして城を空けているという。
確かに、こんな理由なら国民も納得するだろう。
だが、
真の目的が他にあることを魔王はちゃんと知っていた。
「本当は、マクロス様に会いに来たんでしょう。まったく、エウテルペ祭のときにも会っ
たじゃないですか」
「別に構わないだろう。父親が息子に会いに来たんだから」
マクベスは、問題だとは思っていないようだ。
全く・・・マクベス様が子離れできるのはいつの日なのだろうか。
魔王は、ついついそう考えていた。

城に行き、
オクタビアンにもエウテルペ探偵団のリーダーであるエボリにも
ゲルマン教授を捜索するという頼みを出しておいた。
そして、警察署にもスター・スターダンスの依頼人名で
ゲルマン教授を捜索するように頼んでおいた。
だが、ライズには
どうして父親があんなに必死になっているのか
まだわからなかった。
そんな疑問を頭に浮かべながら、盗賊協会の建物に入った。
建物は、警察署の向かい側にある。
「おはようございまーす」
もう昼に近い時刻だったが、ライズはそう挨拶した。
「おはようございます」
チェックメイトが、ライズに気づいた。
「本日はどのようなご用件で」
「え? あの、え~と・・・」
ライズは、ここで一体どうすればいいのか迷った。
まだ、依頼を出す段階ではない。
事実、なんだかよくわからない状態なのだ。
「あ、そうだ」
ライズは、あることを思いついた。
「すみません、怪盗MRDはいらっしゃいますか」
「マクロスなら、いますが・・・」
チェックメイトがこう言いかけると、
当の本人が、風と共に訓練場から出てきた。
「あ、ライズさん」
マクロスは、ライズの姿を見つけるとそう言った。
「おはよう、マクロス君」
「おはようございます、風さん。珍しいですね。プリンス君ではなくマクロス君と一緒に
いるなんて」
「若は、本日はお出かけにならないようです」
「何かあったんですか」
風の言葉に、ライズは少しだけ心配になった。
「実は・・・」
風は、ライズにも今朝のことを話した。
「それは、プリンス君には災難でしたね。あ、そうだ」
ライズは、風の話から、なぜここに来たのか
それを話すきっかけをつかんだ。
「実は、そのことで話があるんですよ」
「どういうことですか?」
ライズの言葉に、チェックメイトは訝った。
「父からの伝言で、ゲルマン教授に関する依頼を出すかもしれないとのことです」
「ゲルマン教授?」
チェックメイトだけでなく、
マクロスも風もこの名前を口に出した。
「すると、この事件とゲルマン教授が何か関係があるということですか」
マクロスが訊いた。
「父さんの話からすると、そういうことになるね。あの記事を見てゲルマン教授のことを
話したんだから」
ライズは答えた。
「あ、そうだ。マクベスさんがこっちに来てたよ。お城に行ったら会うことができた」
「え、また来たって事ですか」
「マクロス君、なんだか迷惑みたいだね」
「国王が、こうも国を空けるなんて・・・」
マクロスは、本当にこんな調子でいいのだろうかと思った。
「ところで、ゲルマン教授とは何者なのか。ライズさんはご存知なんですか」
風が訊いた。
「俺は、名前をどこかで聞いたことがあるような気がするんですが、どこで聞いたのかま
では思い出せないんですよ」
ライズは、本当にもどかしそうに言った。
と、そのとき
「やっぱり、ゲルマン教授の仕業だったんですね、あの事件は」
別の人物が話に入ってきた。
「メフィストさん」
マクロスが、その人物の名を出した。
プラチナブロンドの髪を肩まで伸ばし、緑色の瞳を持った青年。
目の周囲には、赤い布製の覆面がある。
彼は、エウテルペ城下町郊外監視係。
もともと、エウテルペの王子で
オクタビアンのいとこに当たる。
実を言うと、先代エウテルペ王の息子なのだ。
だが、王の座をオクタビアンが継ぎ、
彼自身は王家を出るということになったのである。
そして、現在に至っている。
城下町郊外監視係として郊外を守りながら、
ミサイルの研究も行っている。
もっとも、彼自身は
兵器としてのミサイルを使わない時代がいちばんいいと思っている。
また、世界科学雑誌に3ヶ月に一度の割合で記事を寄稿している。
最新号には、十五年前に起こった新種のカビの発見と、
その後の悲劇について書いた。
「メフィスト様までこちらに見えられるなんて、一体何かあったのですか」
「いや、ライズさんがこっちに入ってくるのが見えたから、どうしたんだろうと思ったん
ですよ、チェックメイトさん。そしたら、ゲルマン教授の名前が出てきたから・・・」
チェックメイトの問いに答えるメフィスト。
その言葉を聞いた風が、思い切って訊いた。
「メフィストさんは、ゲルマン教授について、何かご存知なのですか」
「知っていますよ、風さん。かなり性質が悪い人ですよ」
メフィストは答えた。
その言葉に、
マクロスも風もチェックメイトもライズも息を呑んだ。

3.疑惑の教授

「性質が悪いとは、どういうことですか」
マクロスが訊いた。
「ゲルマン教授の評判は、正直言って、あまりよくない。やっていることがやっているこ
とだからね」
メフィストはこう言ってから、
ゲルマン教授の説明を始めた。
「ゲルマン教授は、このエウテルペの人ではないことは確かだ。
東洋の国出身だという話を聞いたことがあるけれど、本当のことかどうかはわからない。
ただ一時期、とは言ってもかなり長い期間だけど、ヤハンにいたことがあるということは
確かなんだ。ヤハンといえば、謎めいた実験や研究をしている国でもあるからね。国の取
締りが追いつかないほどだというくらいなんだ。それが、ゲルマン教授にとっても都合が
よかったらしい。で、ゲルマン教授の実験や研究だけど、それが生体に関わることなんだ
。かなり前、十年以上前に世界科学雑誌に自分の実験のことを書いて、一般の読者や研究
者たちは本当に驚愕した。そのときのテーマは、[若返りの秘宝]だったんだ。それは薬
の一種だったんだけど、それを使えば若返ることができるって、そんな内容だった。事実
、もう実験済みだということもその記事に書いてあった。当時、エリスは不老とはいかな
くても、若さを保つことができる方法を公表していなかったから、そのときはそれで若く
なれると、みんな思った。まあ、エリスの方法は若返ることはできないから、結局、若返
ることができるのは、ゲルマン教授が発表した方法だけだったんだ。ところが、竹原博士
がこの記事を批判した。実験済みだと言っているが、一体どんな実験だったのかというこ
とだ。この指摘を受けた世界科学雑誌の編集者たちや科学の学会の人々が、実際にゲルマ
ン教授のもとを訪れ、その説明を受けた。そこで、衝撃の事実が明らかになったんだ。ゲ
ルマン教授は、人体実験をやっていたんだ。もともと、人間に使う薬なんだから人間に試
さないと意味がない・・・そんな考えでヤハンにいる行き場を失った人々を捕まえては、
その薬の実験台にしてしまったという。実験台になった人々は、もはや理性を失っており
、どうすることもできなかった。これが公にされ、ゲルマン教授は科学界を追放された。
だが、科学の道を完全にあきらめたわけじゃないという話を聞いた。ヤハンを追われたゲ
ルマン教授は、その後も住む場所を変えながら自分の実験を続けているという話なんだ。
マーザンやウェスタで、ゲルマン教授の姿を見かけたという目撃情報がある。また、それ
よりもずっと東の東洋の国でゲルマン教授を見かけたという話もあった。また、若返りの
薬だけでなく、他の研究も当然ながらやっていたらしい。噂だけど、人間をエルフに近づ
ける薬というのもあるらしい。また、ゲルマン教授は今から十五年前に発見された、新種
のカビにも興味を持っていたようなんだ。東洋の国に行ったのはそのためだとも言われて
いる。新種のカビは、東洋の国に住んでいた大空教授という人が発見したものなんだ。そ
れで一躍脚光を浴びた大空教授だけど、そのカビはこの星を滅亡させるものでもあった。
実は、繁殖のスピードが、異常なまでに速いもので、放っておけば一週間でこの星が滅亡
するという恐ろしいものだった。なぜ、そんなカビが今まで発見されなかったのか。実は
、カビは自然界に最初から存在するものではなく人工的に作り出されたものだったんだ。
この世界では、人工的に作り出された植物や菌類でも、新種の発見として認められる。通
常なら、新種が発見されたということが話題になるだけ。しかし、大空教授は、そのカビ
の発見のおかげで科学界の名誉である竹原賞も受賞した。カビは、こちらの生活にも役に
立つものだったんだ。確か、重い怪我もすぐ治すというものだったかな。だけど、そのカ
ビの繁殖スピードが驚異的なものだったから、結局はカビを絶滅させなければならなかっ
た。大空教授は、自らの命と引き換えにカビを死滅させた。人が一人死なないとカビを絶
滅させることはできなかったらしい。話を元に戻すけど、ゲルマン教授はカビのデータが
欲しかったらしい。カビのデータを元に自ら新しいカビを作り出せば、また科学界に戻れ
る。きっとそう思ったんだろう。そのカビのデータを手に入れることができたのかどうか
、それはわからない。とにかく、ゲルマン教授は自分の実験を続けていた。やはり、実験
台に人間が使われていたのは事実らしい。ウェスタにて、ヤハンでゲルマン教授の実験台
にされた人と似たような症状が出ている人が、何人か発見されたみたいなんだ。それから
、東洋の国からも姿を消したらしい。で、現在、このエウテルペにて蜘蛛のように這う人
間が目撃されているというわけさ」
一同は、ほうっとため息をついた。
「そうか。だから父さんはあんなに必死になっていたのか」
ライズは、ようやく合点がいったようだ。
「ライズさんって、メフィストさんとあまり歳が変わりませんよね」
マクロスが訊いた。
「確か、ライズさんは僕より年上のはず」
メフィストが答えた。
「マクロスさん、もしかしてライズさんがなんで忘れていたのか気になっていたんですか

風が訊いた。
「う~ん。ライズさんが忘れていたということより、メフィストさんがものすごく詳しく
覚えていたことが不思議で・・・」
「実は、今月発売の世界科学雑誌にこのカビのことを書いたからね。それにしても、ゲル
マン教授がこっちに来ているとはね」
「でも、まだゲルマン教授の仕業だと決まったわけではないですよ」
チェックメイトの言うことはもっともだった。
「そうですね。とにかく、これからの動向に注意していましょう」
マクロスの言葉に、一同はうなずいた。

昼過ぎ、マクロスはエウテルペ城に戻った。
「父さん」
食堂で父親の姿を見つけるなり叫んだ。
「おう、マクロス。今まで出かけていたのか」
マクベスは、全く動じていない。
「ライズさんから聞いたよ!
まったく、エウテルペ祭のときにここに来て、その後帰ってまた来たんだね」
「お前が元気そうでよかったよ」
この言葉を聞いたマクロスは、少しだけ嬉しくなった。
何だかんだと理由をつけてこちらに来るマクベスだが、
いちばんは、自分が心配だということなのだ。
もう、親に心配してもらう年齢ではないが、
こう言ってもらうと嬉しいことには変わりない。
自分もまた、マクベスと同じく
寂しがりやなのかもしれないと思わずにはいられなかった。
「で、何か変わったことはないのか」
マクベスが訊いた。
ここで、マクロスは念のためにあのことを話しておくことにした。
「実は・・・」
マクロスは、最近エウテルペで起こっている出来事や
メフィストから訊いた話をマクベスに伝えた。
「そんなことが起こっていたのか。またゲルマン教授が絡んでいる」
「やっぱり、父さんも知ってたんだね」
「当たり前だ。メフィストが知っていることなんだぞ。俺が知らないわけはないだろう」
(そうとは限らないだろう)
マクロスはそう言いたかったが、口には出さないでおいた。
「お前、このことについて調べているのか」
「いや、調べているのはエウテルペ探偵団だよ」
マクロスはマクベスにそう言ってから、
エウテルペ探偵団に伝えておかなければならないと思った。
「聞いてましたよ」
食堂にいたエボリが言った。
「ああ、エボリ君。説明する手間が省けたよ」
マクロスは、正直に言っていた。
「ゲルマン教授がこっちに来ているとなると少々厄介ですね。ライズさんはよくわからな
いっていう感じで話していましたが、マクロスさんの話でよくわかりました」
「お役に立ててよかったよ」
ライズをけなすつもりは全くなかったが、
エボリからしてみれば、
わけのわからない状態で話されたのだから
たまったものではなかっただろう。
「エボリ君、これからどうするんだ」
マクベスが訊いた。
「そうですね。ゲルマン教授が来ているとして、潜伏先を探るというのが当面の目標でし
ょう。人体実験は許されないことですから」
エボリは答えた。
「昼間は現れないんだよね。蜘蛛のように這う人間は」
マクロスの言葉に、エボリはうなずいた。
「記事でも、夜に目撃されたという話ですよね」
「つまり、昼間は情報集めしかできないってことか」
マクベスが、そう結論づけた。

その夜。
黒く美しい髪を腰まで伸ばし、
目には灰色のゴーグルを着用した少女が
エウテルペ城下町を疾走していた。
彼女の名は加奈。
盗賊協会設立メンバーのひとりの少女盗賊だ。
目的を達成し、これからギルドに向かうところだ。
いくら認められている活動とはいえ、
やはり、他人に見つかるというのは嫌なものである。
音を立てずに走る。
そして、ギルドの手前まで来たとき
加奈はふと、足を止めた。
前方から、誰かがやってくる。
(隠れなきゃ)
近くにあった看板の陰に隠れた。
そして、加奈はその人物の様子を窺った。
「!」
加奈は、その光景に思わず息を呑んだ。
確かに、それは人間だった。
だが、その動き方は明らかに人間ではなかった。
まるで、蜘蛛のように地面を這っている。
ガサガサと動いているという表現が
いちばんしっくりくると、加奈は思っていた。
「あれは・・・」
加奈は、新聞記事を思い出した。
最近、蜘蛛のように這って歩く人間が
このエウテルペ城下町で目撃されている。
半信半疑の加奈だったが、
いま目の前で記事のとおりの光景が繰り広げられている。
蜘蛛のように這って歩く人間は、
周囲をぎょろぎょろと見渡している。
そして、ガサガサと先へ進んでいった。
加奈は、しばらくその場を動かなかった。
後を追いたくなったが、
何の準備もなく
不確定要素に首を突っ込むのは危険であることも
十分に承知していた。
というわけで、その場を後にしギルドへ向かった。
加奈がギルドに入ると、中はがらんとしていた。
仕事帰り?の盗賊たちや
何もないけど顔を出しに来た
という盗賊たちで賑わっているギルドだが、
この日は、どういうわけか静かだった。
おかしいわね。夏休みまでは日があるのに・・・。
8月の中旬のギルドの夏休み前は、
決まって盗賊ギルドは静かになる。
依頼が減るのが主な原因だが、
もう夏休みだから
依頼は来ないだろうと思い込む盗賊が多い。
しかし、今は違う。
エウテルペ祭が終わってまだ間もない。
夏休みには早すぎる。
「あ、お疲れ様です、加奈様」
チェックメイトが声をかけた。
「こんばんは、チェックメイトさん。やけに静かですね」
「ええ。奇妙な事件がありますからね」
この言葉を聞いた加奈は、もしかしたらと思った。
「それって蜘蛛のように這って歩く人間ですか」
「そうです。よくご存知ですね、加奈様」
「はい、ついさっき見かけました」
「何だよ、加奈も見たのか」
近くで、面白くなさそうな声がした。
それは、プリンスの声だった。
赤いカウボーイハットのような帽子を被っている。
「プリンスさん、この時間にぼうっとしているなんて珍しいですね」
加奈は正直に言った。
プリンスは反論しようとしたが、
「仕方ないですよ、マスター。事実なんですから」
隣にいたセブンに突っ込まれた。
「あ、セブンさんも。こんばんは」
「こんばんは、加奈さん」
「ところで、風さんは?」
加奈は、風の姿が見当たらないことに気づいた。
プリンスとセブンがいれば、
風も一緒にいるのがいつものことなのだが、
今回は珍しいことに風は別行動のようだ。
「加奈さんは依頼があるようでしたので、こちらのことは何も話さなかったのだから知ら
ないのも当然ですね」
とセブンが言った。
加奈の仕事が今夜であることは、
チェックメイトから聞いたのだ。
「すると、何か厄介なことが」
加奈は訊いた。
「まあ、厄介なことと言うか・・・」
プリンスは、本当に面白くなさそうだ。
「実はですね」
チェックメイトが、今朝あったことを話した。
「じゃあ、プリンスさんは蜘蛛のように這って歩く人間のことを信じていなかったという
わけですね」
話を聞き終わった加奈は、プリンスに訊いた。
「あー、何度も言うな」
プリンスは叫んだ。
「マクベスさんが、こちらにいらっしゃっているのはご存知ですか」
セブンが加奈に訊いた。
「え、この前にいらしたばかりなのに・・・」
加奈は知らなかった。
「私は、風から知らされました。風はライズさんから聞かされたといいます」
「今回の一件ですが、マクロス様がエウテルペ城に戻られた後、マクベス様とエボリ様に
話されたといいます。すると蜘蛛のように這って歩く人間は夜にしか現れないということ
に気づいたようです。今朝の話からはそんなことは導き出せませんでしたが、これまでの
傾向から、それがわかったのです。というわけで、今夜にも張り込みをすることになった
のです。マクロス様の他に、魔王様、マクベス様、エボリ様、運命様、風様の6名がこれ
に参加しています」
チェックメイトは説明した。
「プリンスさんとセブンさんが抜けているのはどうしてなんですか」
加奈には、それが疑問だった。
「マスターがいじけているからですよ。我々はこのギルドで待機しているんです。もしか
したら、蜘蛛のように這って歩く人間がギルドに現れるかもしれませんからね」
セブンは説明した。
「それもそうですね。ついさっき、この近くに現れたし。また来るかもしれませんね」
加奈は納得した。
「プリンス様、いつまでも機嫌を損ねているのはよくないですよ」
「とは言ってもな、チェックメイト。俺は実際には見てないんだよ」
「あら、私はこの目でちゃんと見ましたよ」
「マスター、もうあきらめたらどうですか」
口々に言われ、プリンスは何も言えなくなった。

4.蜘蛛人間

エウテルペ中央公園の前にてー
魔王と風はついに目撃した。
確かにそれは人間だった。
痩せ型の男性のようだ。
質素な服装だ。
だが、服装よりもその動きに目がいってしまう。
低い姿勢で動いている。
四つんばいになって、地面を這うように動いている。
蜘蛛のような動きだ。
ガサガサと動いている、というのが一番しっくりくる。
「か、風さん、この方は・・・」
「そうです。私が見た人と同じ動きです」
「すると、前に見た人とは違う人ですか」
「はい」
二人がこんな会話をしているときにでも、
その人物はガサガサと動いていた。
そして、
この人物は風に襲い掛かってきた。
「うわっ」
謎の人間に体当たりされ、風は倒れてしまった。
人間は、素早く後退すると
ガサガサとまた蜘蛛のような動きを始めた。
すぐに立ち去ろうとはせずに
その場を動き回っている。
「大丈夫ですか」
魔王は、風に駆け寄った。
「はい、大丈夫です」
風は、すぐに立ち上がった。
「それにしても、体当たりをしてくるとは」
蜘蛛のように這う人間が
他の人を襲うという話はこれまで聞いたことがない。
一体どういうことだろうか。
魔王は、人間の動きに気づいた。
まずい、また来る!
今度は、人間は魔王に体当たりをする気のようだ。
下手をすれば、こちらがやられる可能性もある。
相手は人間だ。まさか殺すわけにもいかない。
だが、相手の戦意を喪失させなければ
こちらが負けるかもしれない。
蜘蛛のように這う人間は他人を襲わないという
今までの常識が覆された。
もしかしたら、大事故になるかもしれないのだ。
ならば・・・
魔王は、武術の構えに入った。
そして、
相手が一瞬上体を起こした隙をついて、
みぞおちに拳を見舞った。
「うぐっ」
人間は、うめき声を漏らして倒れた。
魔王は、人間を仰向けにした。
「一体、どうしたというのでしょう」
風が、そんなことを言った。
「これまでの目撃情報からして、蜘蛛のように這う人間には違いないようですが。そうで
すよね、風さん」
「間違いありません。私が前に目撃した人とは違う人です、動きは同じです。ただ、前と
違い攻撃的だったのが気になります」
「そうですか。いずれにしろ、この人をここへ寝かせたままにするわけにはいかない」
「それもそうですね。では、警察署にお連れしましょうか」
「あ、それはいいですね。警察の方々にもこの事件についてはすでに依頼が出ているんで
すよね」
「ライズさんがお話ししてくれたといいますから」
「では、行きましょう」
魔王が男性を担ぎ、風と共に警察署に向かった。
「あの、魔王さん。お手伝いしましょうか」
「このくらい、どうってことありませんよ、風さん」

同じ頃、エウテルペミュージックホール前にてー
マクベスと運命は、奇妙な光景を目にしていた。
「何だ、あれは」
マクベスがそう言うのも無理はない。
建物の前で、男性が三人、
四つんばいでガサガサと這い回っていた。
「・・・」
運命は、言葉を失った。
蜘蛛のように這い回る人間というのは
事前に新聞記事により知っていた。
だが、改めてこの現象を自分の目で見てみると、
それがどれだけ奇妙なものなのかよくわかった。
「一体、何のつもりなんだ」
マクベスが、そんな疑問を言った。
その声に応えるかのように、
三人の男性たちは、いっせいにこちらを見た。
突然のことに、マクベスと運命はびくっとした。
三人の男性たちは、
少しずつこちらに近づいてくる。
「お、おい、どうしたんだ」
マクベスは、三人の男性たちに訊いた。
だが、答えはない。
「マクベスさん、これまで蜘蛛のように這う人間に攻撃された人はいない、とのことでし
たが」
「どうやら、その情報も当てにならないみたいだな、運命君」
「やっぱりそうですね」
マクベスも運命も、
こちらへの敵意があると感じ取った。
三人の男性たちは、
こちらに体当たりを食らわせようと突然起き上がった。
「はっ」
「はあっ」
マクベスは、真ん中と左の男性のみぞおちに同時に拳を見舞った。
そして運命は、右側の男性のこめかみに拳を見舞った。
もともと武術が得意なマクベスと、
武術を専門分野にしている運命の攻撃はさすがだ。
敵は、この一撃だけで動かなくなった。
三人とも、その場に倒れた。
「さて、どうします」
運命が訊いた。
「ここへ放っておくわけにもいかないな。また目を覚まして他の人を襲うということも考
えられるし」
マクベスはそう答えた。
と、そこへ
「マクベスに運命君」
なんと、メフィストが姿を現した。
「お、メフィスト。ちょうどいいところへ来た」
マクベスは、
メフィストが夜中に出歩いていても不思議に思わないようだ。
だが、運命は違っていた。
「どうしたんですか、メフィストさん。こんな夜中に」
「今夜が張り込みだってマクベスから知らされていたんだ。もしかしたら僕も何か手伝う
ことになるんじゃないかと思って自主的に見回りをしていたんだ」
メフィストは、どうやら事前にマクベスから
今夜のことを話されていたようだ。
「わかってるじゃん、メフィスト」
マクベスは満足そうだ。
「ところで、エリスをひとりにしてはいないだろうな」
「私もいるわよ」
メフィストの後ろから、
プラチナブロンドの髪を腰まで伸ばし、
澄んだ緑色の瞳をもつ女性が顔を出した。
彼女はエリス・カカオマス。メフィストの妻だ。
伝説のノーストリリアの民の末裔でもある。
彼女は不老である。
実際の年齢は、もう四十に近いはずだが、
二十代前半と言ってもおかしくない外見である。
ノーストリリアの秘術で不老になっているのだ。
この不老の術を、
エリスはメフィストやマクベスとオクタビアンに伝授した。
おかげでメフィストたちも、
実際の年齢よりかなり若く見られている。
また、彼女の命を助けたことがあるエウテルペ探偵団の面々と
ダナエの兄妹(マクロスとビンティカ)にも
不老の術が施されている。
メフィストたちが不老の術を施されたのは十代後半だが、
実際には二十代前半の姿で保たれている。
どうやら、効くまでには少し時間がかかるらしい。
エリスは、
若さを保てる方法を書籍にして世に出した。
このおかげか、
エウテルペの人たちは若く見られる人が多い。
不老の術は、本来なら門外不出らしい。
そのため、ごく一部の人々にしか伝授されなかった。
「エリスさんがいるなら、この人たちが大怪我をしても大丈夫ですね」
運命がそんなことを言った。
エリスは、回復魔法に秀でている。
「それもそうだ。ただ、今回は大規模な魔法は必要ないみたいだな」
マクベスは、倒れている男性たちに目を向けて言った。
「で、僕がちょうどいいタイミングで来たとなると・・・」
メフィストは、なんだか嫌な予感がしていたようだ。
「当たり。この人たちを警察署に連れて行くからその手伝いをしてほしい」
マクベスのこの言葉に、
メフィストはため息交じりに言った。
「あー、わかったよ。こんなところで寝かせておくわけにもいかないしね。それに、病院
じゃなく警察に連れて行くのは、警察にも依頼が出されているからだろう」
「そういうこと」
マクベスはうなずいた。
「つまり、この人たちが蜘蛛のように這って歩く人間ってことか」
「そうです、エリスさん」
運命が答えた。
「よし、それじゃ警察署まで連れて行こう」
マクベスは真ん中の男性、
運命は右側の男性、
メフィストは左側の男性を担いで警察署に向かった。
エリスは、三人と一緒に警察署に向かうことにした。
「すみませんね、メフィストさん」
「どうってことないよ、運命君」
「そうだぞ。メフィストは、これだけでへばるほど弱い男じゃない」
「なんだか、私だけ悪いみたいね」
「気にしないでくださいよ、エリスさん。力仕事は俺たちの役割です」

待てっ!
エボリとマクロスは、
蜘蛛のように這う人間を追って商店街までやってきた。
思ったよりも、かなり素早い。
こちらの姿を見るなり、逃げ出した。
ガサガサと、四つんばいの状態で商店街まで這う。
エボリもマクロスも走っているが、
なかなか追いつけない。
「くそう、見失ったか」
エボリは、息を切らせながら言った。
「一体、どこに行ったんだろう」
マクロスも息を切らしている。
そういいながら、辺りを見回すことも忘れていない。
と、そのとき
「誰を捜しているんだね」
全く聞き覚えのない声がこちらに問いかけてきた。
男の声だ。
「ん?」
エボリとマクロスは、すぐにそちらを見た。
そこにいたのは、一人の男だった。
短い黒髪と眼鏡。
「誰だ」
エボリが訊いた。
「知りたいのか」
短い黒髪の男は、逆に訊いてきた。
「てめえ、一体何なんだ」
エボリは、相手の態度が気に入らなかった。
完全に、こちらを見下しているような感じがする。
「こちらは、邪魔されるのが嫌いなんでね」
男が言った。
「お前は、ゲルマン教授だな」
マクロスは吹っ掛けてみた。
内心、こいつはゲルマン教授ではないとも思っていた。
メフィストの話からして、
ゲルマン教授は老人といってもいいくらいの年齢である。
目の前の男は若い。
もっとも、不老になっていれば話は別である。
ゲルマン教授は、不老の研究もしていた。
「いいや、違う」
男は、あっさりと否定した。
「では、ゲルマン教授の手の者か」
今度は、マクロスはそう訊いた。
「それには答えられない」
男は言った。
「なるほど、ゲルマン教授の関係者だな」
エボリが言った。
「なぜそう思うのだ」
男の問いに対し、エボリは答えた。
「まず、ゲルマン教授かの問いに対してはきっぱりと否定した。それなのに、ゲルマン教
授の手の者かの問いには曖昧な答えを出した。もし本当にゲルマン教授と関係がなければ
この問いにも即座に否定するはずだ。なのに、答えられないと言った。科学の世界では、
ゲルマン教授は有名人だからな。その関係者ともなれば世間一般には隠したくなるだろう
。だが関係している以上、それを完全に否定するわけにもいかない。そうだろう」
「ふん、子供じみた分析だな」
男は、なんだか面白くなさそうだ。
そのときである。
マクロスは、男の後ろで何かがうごめいているのを見た。
それは、さっきまで俺たちが追っていた奴か。
動き方からすると、それで間違いないだろう。
「おい、お前の後ろに何がいるんだ」
マクロスが訊いた。
「え」
男は初めて動揺の色をみせた。
「なんだ、答えたくないのか」
エボリが訊いた。
そして、
威嚇に1発撃って後ろの男をおびき出そうかと思った。
男は、答える気配がない。
「そうか、答えたくないか。ならば出てきてもらおう」
エボリはそう言いながら、
腰のパイプ銃に手をかけた。
次の瞬間、
ドン!
発砲音が響き渡った。
パイプ銃の音ではなかった。
マクロスは、エボリのほうを見た。
エボリは、パイプ銃を落としていた。
そして、右の二の腕を押さえていた。
そこから、血が流れている。
「エボリ君」
マクロスは、慌ててエボリのほうに駆け寄った。
「大丈夫です」
エボリはそう言っているものの、
表情は引きつっている。
そして、エボリはがっくりと膝をついてしまった。
「貴様」
「こちらに銃を向けようとするのが悪い。人殺しはよくないぞ」
男は、トロッコ銃を持っていた。
そして、男の顔はにやついている。
威嚇のために発砲したとは思えない。
最初から、エボリの右腕を狙っていた。
エボリのパイプ銃を封じようとして発砲したのだ。
「人殺しのために銃を使おうとしたとは限らないだろう。それに、実際に撃ったのはお前
だろ」
マクロスは叫んだ。
「こちらは、身を守るために撃った。正当防衛だ」
どこまでもほざく男。
マクロスは許せなかった。
だが、下手に近づくと自分も撃たれてしまう。
ここは、奴のトロッコ銃を封じなければならない。
マクロスは、地面に落ちていたエボリのパイプ銃に目をやった。
敵は、まだにやついている。
「M法!」
マクロスは、術を敵にかけた。
敵の残り体力を半分にする技だ。
成功するとは限らないが、
敵を怯ませることはできる。
実は、今回はこれが目的だった。
すると、敵は明らかに驚いた。
その隙に、マクロスはエボリが落としたパイプ銃を拾った。
そして、銃口を白衣の男に向けた。
「マクロスさん」
エボリには、その意図がわからなかった。
マクロスは、銃を使えないはずである。
なのに、銃口を敵に向けている。
その顔つきは真剣そのものだ。
威嚇のつもりなのか。
エボリはそう考えたが、
この白衣の男に威嚇は通用しない。
「何だ、何にも起こらないじゃないか」
男は、そう言って鼻を鳴らした。
どうやら、術が効かなかったようだ。
だが、その次の瞬間である。
パァン!
乾いた音が響き渡った。
エボリは目を疑った。
明らかに、マクロスが、パイプ銃を撃ったのだ。
弾丸は、敵には当たらなかった。
敵のトロッコ銃を弾き飛ばしていた。
トロッコ銃は、使い物にならなくなっていた。
「ひいっ」
男は、その場から逃げようとした。
「逃げられると思うなよ」
男の道を塞ぐ者がいた。
「プリンス」
それはプリンスだった。
さらに、加奈とセブンもいる。
「マスター、どうやらこの方が蜘蛛のように這う男のようです」
セブンは、男のそばにいた四つんばいの男性を指して言った。
「あ、この人なら、さっき見ました」
加奈が言った。
「あー、もうわかったから勘弁な・・・」
プリンスは、自分が大恥をかいた鬱憤を晴らすべく、
男に向かって
「さて、貴様」
さやから抜いた剣の切っ先を向けた。
「エウテルペ王国第二王子である、エボリ・ウイング・エウテルペ王子を撃った罪は重い

「な、何っ」
この男は、戦っていた相手が誰なのかわかっていなかった。
「おとなしく、警察署まで来てもらえませんか。もし逆らうのであれば容赦はしません」
セブンが言った。
その間に、加奈はエボリのもとへ駆け寄った。
そして、傷の手当を始めた。
「かなりひどい傷だわ」
「大丈夫だ、加奈」
エボリはそう言ったが、表情は苦痛そうだ。
「無理はよくないよ、エボリ君。あ、パイプ銃は返さなきゃ」
マクロスはそう言って、
パイプ銃をエボリに返そうとした。
そこで、エボリははっとした。
「マクロスさん、どうして銃を撃てたのですか」
「ああ、エボリ君には何も言ってなかったね」
マクロスは、簡単に説明した。
「実は、盗賊ギルドでは銃の扱いの講習を受けることが義務付けられているんだ。つまり
盗賊ギルドに所属して講習を受けた人は、みんな銃のライセンスを取得できるってわけだ
。というわけさ」
「銃のライセンスがない状態で銃を撃つようなへまはしないさ、マクロスは」
プリンスが、横から口を出した。
男は、セブンの手により縛られている。
また、男の近くにいた蜘蛛のように這う男性は
すっかりおとなしくしている。
いつでも警察に行けるような状態だ。
「エボリ・ウイングの傷が心配だ。さっさとこいつらを警察に連れて行って、風に治療し
てもらおうぜ」
怪しい奴を警察に連れて行くという段取りを
セブンに聞かされていたプリンスは、
すぐに風と合流できると思ったようだ。
「それがいいですね」
加奈はうなずいた。
「エボリ君、立てるかい」
「はい。マクロスさん、足は大丈夫ですから」
エボリは、自力で立ち上がった。
こうして、
男はセブンに監視され、
蜘蛛のように這う男性はプリンスと加奈に見張られ、
マクロスはエボリを助けながら警察に向かった。

次の日、
エウテルペ城下町およびエウテルペ城は、
事件の話で持ちきりだった。
蜘蛛のように這う人間たちは、
若返りの秘法の実験台だったらしい。
昨夜、マクロスたちが発見した人々は
年齢が四十代以上だった。
若者と呼べる年齢の者はいなかった。
蜘蛛のように這って歩いていた人たちは
理性を失っているらしく、
話すことができるようになるには
まだ時間がかかるらしい。
その一方で、
エボリに発砲した男は
依然として口を割らない。
いや、蜘蛛のように這って歩く人間たちが
若返りの秘法の実験台になっていたことは述べた。
だが、若返りの秘法を作ったのは誰なのかは
全く口を割らないのだ。
しかし、この男がゲルマン教授の手の者であることを
警察の人々は確信していた。
マクロスが、昨夜の出来事をみんな話したからである。
エボリの様子は、
警察署にて風やエリスにも治療してもらい完治した。
「それにしても、エボリが撃たれたって聞いたときは本当に信じられませんでしたよ」
逆立った金髪に鋭い目の青年、
まだ少年とも言える顔つきの林が言った。
エウテルペ城の兵士補助係で武器開発を担当している人物だ。
「正直言って、どうしようかと思ったよ。あの瞬間はあいつが許せなかった。だから、俺
は撃ったんだと思う」
マクロスは言った。
「マクロスさんが銃の使い方を知っているって、よくわかりましたよ。パイプ銃を返すと
き、ちゃんと安全装置をかけてくれていた。銃を使う前にも安全装置を外していたし」
元気になったエボリが言った。
「だけど、今回の一件はビンティカに怒られそうだな・・・」
「大丈夫ですよ、マクロスさん。あれは俺の修行不足だったんですから」
エボリはマクロスにそう言っていた。
「あ、エボリ様」
魔王がこちらにやってきた。
「傷の具合はどうですか」
「大丈夫ですよ、魔王さん。もうすっかりよくなりました」
「そうですか、それはよかったです」
魔王はほっとしたようだ。
「ところで、マクベスさんは」
林が訊いた。
「父さんなら、たぶん警察署だと思う。この事件について、いろいろと調べたいらしい。
メフィストさんも一緒だと思うよ」
マクロスが答えた。
「ゲルマン教授が出てこない限り、事件は解決しそうにありませんね」
魔王が言った。
これには、マクロスもエボリも林も納得した。
「また、いつ戦いがあるかわからないな」
マクロスはそう心配した。
その言葉とは裏腹に、空はどこまでも晴れ渡っていた。

5.二人の侵入者

いつものように、賑やかなエウテルペ城下町。
その入り口に、二人の人物がいた。
一人は、銀色の髪に漆黒の瞳の男性。
一人は、こげ茶色の髪を2本の三つ編みにした濃い桃色の瞳の女性。
「とうとう、ここまでやってきたな」
男性が言った。
「本当にいるわけ、隊長」
女性が訊いた。
「ああ、情報からすると必ずここにいる」
男性は力強くうなずいた。
「たいした自信ね」
女性は、少々呆れているようだ。
「何を言うんだ。ゲルマン教授の野望を止めるのが我々の仕事だろう、明日香」
男性は、真剣なまなざしで女性を見た。
「はいはい。まずは、宿を取りましょう」
女性は聞き流したようだ。
そして、すたすたと歩き出した。
「おい、待ってくれよ」
男性は、すぐに女性の後を追った。

「結局、何もわかってないんだな」
日の光が差し込むエウテルペ城の食堂にて
マクロス・ダナエは言った。
「あの男は、未だに何もしゃべらず。そして蜘蛛のように這っていた人間たちは、自分た
ちが何をやっていたのか、全く思い出せないという状態ですからね」
向かい側の席にいる魔王が言った。
男は、警察署に連れて行かれて取調べを受けても
ゲルマン教授に関することは何もしゃべらないという。
蜘蛛のように這っていた人間たちも
自分が蜘蛛のように這っていたことを忘れている。
ただ、この人間たちの共通点は
若返りたい」という願望を持っていたということだ。
ノーストリリアの若返りの秘法を施された
オクタビアン・ドーベル・エウテルペ女王陛下を見て、
自分たちも若かりし日の姿を取り戻したいと思ったようだ。
蜘蛛のように這っていた人物は皆男である。
女性はいなかった。
男たちは、とにかく若返りたいと思っていた。
そんなときに、見知らぬ男から声をかけられた。
「若返りたいのか」
肯定すると、ある場所へ連れて行かれた。
それがどこなのか、全く思い出せないという。
その日から、
自分が夜中に何をしていたのか全く思い出せない。
ただ、寝ていた感じがしないのだ。
「忘却術」
マクロスの口から、そんな言葉が出てきた。
「可能性はありますね。あるいは、忘却麻酔か」
魔王も言う。
記憶を消し去る忘却術の存在。
だが、マクロスも魔王も
それを実際に使う人物には会ったことがない。
忘却術がノーストリリア文明のものならば、
エリスなら使えるのではないかとマクロスは思っている。
忘却麻酔については、
マクロスがずいぶんと世話になっている。
これを布に染み込ませ、
敵の鼻と口を押さえる。
すると、敵は眠るだけでなく、
少し前までの状況を忘れてしまうのだ。
「いずれにしろ、ゲルマン教授のアジトはわからないままだな」
「そうですね」
マクロスも魔王も、
ゲルマン教授本人と対面するのは
もう少し先になりそうだと思った。

それと同じ頃、
「ゲルマンとかいう奴、絶対許せねえ」
どういうわけか、プリンスはかなり怒っていた。
「若、ここでおっしゃられても困ります」
風が言った。
「そりゃ、私だって許せません。人を実験台にするなんて。ですが、ここでおっしゃるの
は・・・」
「そんなことはわかりきっているさ、風」
ゲルマン教授がやっていることを許すべきではないと
プリンスは思っていた。
エリスの若さを保つ方法は、
大昔から伝わるノーストリリアの民の知識なのだ。
若さを保つ方法を教えてもらえるだけで、
エウテルペ王国の人々は満足だった。
それに対し、
ゲルマン教授は人間を実験台として、
若さを手に入れようとしている。
人間を「人間」として見ていない感じがする。
事実、その実験台になったと思われる人間たちは
蜘蛛のように這って歩いていた。
若返りの副作用だろう。
警察署内で、
蜘蛛のように這って歩いた人々の話がされたが、
これは、この日の朝刊に記されていた。
だから、マクロスも魔王も知っていたのだ。
「セブン、ゲルマン教授のアジトのことは新聞には書かれていないのか」
プリンスは訊いた。
新聞を読んでいたセブンは、
それをテーブルの上に置いてから答えた。
「いいえ。男たちは若返りの薬を服用してから、翌日の朝までの記憶がなくなったという
ことです。ゲルマン教授の居場所を知っていると思われるのはあの男だけですが、新聞に
よると未だに自白しないそうです」
プリンスは、
ゲルマン教授のアジトのありかさえわかれば、
今すぐにでもそこに乗り込みそうだった。
「男は、実験データを取る役目だったのでは」
風が、そんな仮説を立てた。
「それがいちばん有力な考えですね」
セブンは納得した。
「男はゲルマン教授の部下であり、若返りの薬の実験データを取るように命じられた。そ
して被験者を集めて薬を渡してそのデータを取っていたというのが筋が通る考え方です」
「じゃあ、男の居住地さえわかれば、ゲルマン教授の居場所がわかるかも」
風がこう言うと、
プリンスはすぐ反応した。
「それだ。大ボスがどこにいるかわからなくても、その部下の生活している場所を探れば
大ボスに近づけるかもしれない」
なんだか、今にも男の家に行きそうな勢いだ。
「マスター、白衣の男の家はわかっているのですか」
セブンが冷静に訊いた。
「・・・それは」
そう、プリンスはわからないのだ。
「でも、城下町のどこかであることには違いないだろう。被験者が城下町にしかいないの
に遠くにデータを持っていってまとめるわけにもいかない。何が起こるかわからないから
な。エウテルペ城下町に滞在していれば何かあったときにすぐに対処できるだろう」
「それもそうですね。若たちが男と対面したのもこのエウテルペ城下町ですし」
風は、プリンスの説にうなずいた。
「でも、城下町は広いですよ。どうやって探すんですか」
セブンが訊いた。
「そりゃ、お前の力でね」
プリンスは、セブンの能力に頼るみたいである。
「マスター、私の力を過信しないでください。確かに私には生体反応をキャッチする能力
はあります。しかし、それが特定の人物をキャッチするものではないということはマスタ
ーもご承知のはずです。それに今回は人というより家を探すものでしょう。居住地の探査
機能はもともとついていませんし、ましてや特定の人物の居住地を探すのは無理です」
セブンは、不可能であるということを告げた。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ」
プリンスは言った。納得しているようだ。
「第一、盗みの依頼は出ていないじゃないですか。いくら盗賊と言えども依頼の出ていな
いところに盗みに入るのは禁止されているんですよ」
そう、風の言うとおりである。
結局のところ、今は自分たちでは何もできないのだ。
「まあ、情報収集だけは行っていきましょう」
セブンが言った。
今のうちにできるのは、それくらいである。

その頃、カカオマス家では
「エボリ君の具合は」
メフィストが、マクベスに訊いていた。
家にいるためだろうか、
メフィストは覆面をつけていない。
「ああ、すっかり大丈夫だよ。撃たれた夜はまだ痛みが残っていたみたいだけど。エリス
と風さんのおかげだって感謝していたぜ」
マクベスは答えた。
「あら、当然のことをしたまでよ」
エリスは言った。
彼女が怪我人を放っておけない性格であることは、
メフィストもマクベスもよく知っている。
「それにしても、厄介なことになったな」
マクベスの言葉に、
メフィストもエリスもうなずいた。
「ゲルマン教授がこっちに来ているらしいってことはライズさんから聞いていたけど、あ
んなことになると現実味を帯びてきたと思わざるを得ないよ」
「ええ。ゲルマン教授の話はメフィストから聞かされていたけど、まさか人間が人間では
なくなるなんて・・・」
「それは俺も考えたんだ、エリス」
マクベスは、苦々しい表情で言った。
「蜘蛛のように這って歩いている人を見たとき、俺はこの人は人間じゃなくなるんじゃな
いかって本気で思ったよ。正直言って、ぞっとしたんだ。前々からの情報でゲルマン教授
の仕業らしいってことはわかっていたが、あんなものを見せられたら止めなければならな
いって思った。なんだか喧嘩を売られたみたいな気がしてきた」
「ダナエ王に、喧嘩を売ったというわけか」
メフィストが言った。
「お前は何とも思わないのか」
マクベスは訊いた。
「そんなこと・・・僕だって許せないよ。それにあのカビのこともあるし」
メフィストは答えた。
「大空教授が発見したっていうあのカビか」
マクベスも、世界科学雑誌を見て知っていた。
「それにしても、すごいタイミングだな。お前があのカビのことを話題にしたときにゲル
マン教授がこっちに来るなんて」
「何かの縁かもしれない」
メフィストはため息交じりに言った。
「だけど、ゲルマン教授を見たって人はいないのよ。どういうわけか」
エリスの言うとおりだ。
城下町の人々が、
ゲルマン教授の顔を知らないならば、それまでである。
教授の顔写真が、
世界科学雑誌に掲載されたこともあるが、
それもかなり前の話だ。
顔を忘れられていてもおかしくない。
そんな中で、
ゲルマン教授のアジトを見つけるのは至難の業だと
マクベスは思っていた。
そう、マクベスもゲルマン教授のアジトを探っているのだ。
彼自身、ゲルマン教授が許せなかった。
過去のこともあるし、現在のこともある。
エボリとマクロスが会った男は、
ゲルマン教授と何らかの関係があるということがわかった。
つまり、蜘蛛のように這う人間は
ゲルマン教授と関係があるということだ。
新聞記事の内容から、
男と蜘蛛のように這う人間たちには
ちゃんと関係があったことがわかった。
それから考えても、
何かしらの接点はある。
蜘蛛のように這っていた人たちは、若返りたかった。
ゲルマン教授は、若返りの秘法を研究していた。
状況は合っている。
「これで蜘蛛のように這う人はいなくなるだろう。だが事件は終わりじゃない。きっと、
また何かが・・・」
マクベスが言うと、
メフィストもエリスも納得した。
「やっぱり、大元を見つけ出さないとな」
「確かに、このままだと、どうなるかわからないわ」

同じ頃、盗賊ギルドでは
「おや?」
チェックメイトは、来客に気づいた。
「いらっしゃいませ」
その来客は、銀色の髪の男性だった。
「すみません、こちらで依頼を出せますか」
男性は訊いた。
「はい、こちらで受け付けております」
チェックメイトは答えた。
「それでは、お願いしたいことがあるのですが」
「承知いたしました。それではこの依頼書に必要事項をお書きください。依頼を遂行する
に当たり、必要な書類がある場合はその提出もお願いいたします」
「わかりました」
男性は、チェックメイトから渡された依頼書に
手早く依頼内容を書いていった。
その内容を見て、チェックメイトは目を見開いた。
(まさかスターダンス教授よりも先に、こんな依頼が・・・)

6.早すぎる依頼

「ゲルマン教授に関する依頼が来た」
マクロスとプリンスは、同時に叫んだ。
「若、落ち着いてください」
風がたしなめた。
「落ち着いていられるか。こんなに早く来るとは思わなかったぜ」
プリンスは、
ゲルマン教授をやっつけたいと思っているようだ。
「で、具体的なことは何かわかっているんですか」
セブンが訊いた。
「・・・それが」
チェックメイトは、どこか戸惑っている。
加奈は、何かあると直感した。
「チェックメイトさん、依頼書を見せてもらえませんか」
「いいですよ、加奈様」
カウンターの下から依頼書を出した。
現在の盗賊ギルドには、
チェックメイトの他には
ロストメモリーズ2のメンバーしかいない。
プリンスの発案で、
突発的に?作られたこのグループのメンバーは
発案者の他にマクロスと加奈と風とセブンの五人である。
加奈は、依頼書を受け取った。
そこには、こう書かれていた。

ゲルマン教授の研究資料を奪って欲しい
ゲルマン教授の野望を阻止するため
彼の研究資料を手に入れたい
科学界から完全に彼を追放するために必要なのだ
報酬は現金で出そう
(本郷寺)

「これ・・・だけですか」
加奈は訊いた。
「そうです、それだけです」
チェックメイトは肯定した。
「チェックメイトさんが疑問に思うのも無理はありませんね」
加奈の隣で、依頼書を見ていたマクロスが言った。
「関連の資料はありませんか」
「全くないんですよ、マクロス様」
チェックメイトの答えに、一同は驚くしかなかった。
「つまり、ノーヒントで見つけ出せと」
プリンスが訊いた。
「そういうことでしょうね」
チェックメイトは、ため息交じりに言った。
「ところで、本郷寺というのが依頼人の名前ですかね」
風が訊いた。
「そうです。名前を伏せて欲しいと言われなかっただけ、ましだと思いますが」
チェックメイトは答えた。
「この辺りの人ではありませんね」
セブンが言った。
「確かに、この名前は聞いたことがありません」
チェックメイトはうなずいた。
「ということは、他の地域の奴からの依頼か。ギルドではそういう依頼も受け付けるんだ
な」
プリンスは、ちょっと感心しているようだ。
以前にも別の地域の依頼で、
ダナエ城の盾を怪盗MRDが盗み出し、
元の持ち主に返還したことがある。
「で、連絡先は」
マクロスが訊いた。
「宿屋の並木道になっています。しばらくの間は滞在しているそうです」
チェックメイトの答えに、
エウテルペに住んでいる人の依頼ではないと確信できた。
「よその人で、わざわざこちらに依頼を出してくるとは、よほど切羽詰まっているのでし
ょう」
風が言った。
「そりゃそうだろ。ターゲットがゲルマン教授なんだからな」
プリンスが言った。
「ゲルマン教授はどこ」
セブンが訊いた。
「関連資料がないということは、自力で捜せということなんでしょうね」
加奈が言った。
「盗賊なら、ターゲットの居場所も簡単に捜せるとでも思っているんだろう。 まったく
、なにを考えているんだ」
プリンスはぶっきらぼうに言った。
「俺たちは盗賊だ。探偵じゃねぇ」
「探偵がどうかしましたか」
第三者の声がした。
「やあ、トロス君」
マクロスは、その人物の名を口にした。
トロス・ブライアン・エウテルペ。
エウテルペ王国第三の王子で
エウテルペ探偵団の一員である。
金髪に茶色い瞳を持ち、
腰には長剣が収められたさやがある。
トロスは、まだ十代だが、
剣の腕前は超一流だ。
彼にかなうものは、
数えるほどしかいないとされている。
「おー、トロス・ブライアン。そういえばエウテルペ探偵団はゲルマン教授について調べ
ていたんだよな」
プリンスが訊いた。
「はい、ライズさんの頼みで。まあ、依頼人はスターダンス教授ですが」
トロスは答えた。
「トロスさん、ゲルマン教授の居場所はわかりましたか」
風が訊いた。
「いいえ、まださっぱり。もしかしてゲルマン教授に関する依頼が出たんですか」
トロスは答え、訊き返した。
「はい。ですが、スターダンス教授からの依頼じゃないんですよ」
セブンの言葉に、トロスは驚いた。
「どういうことですか」
「チェックメイトさん、依頼書をトロス君に見せてもいいでしょう」
「そうですね。この際、いいでしょう」
チェックメイトは、加奈の提案を許可した。
「実は、こんな依頼が出たの」
加奈はそう言って、あの依頼書をトロスに見せた。
「ありがとう、加奈ちゃん」
トロスは、依頼書を加奈から受け取ると
その内容に目を通した。
そして、依頼人の名前を見たとき何やら思いだした。
「本郷寺か」
「知っているの」
加奈が訊いた。
「うん。たぶん、あの人だと思う」
トロスはそういうと、
ついさっき城下町で見た光景のことを説明した。

トロスが盗賊ギルドに顔を出す少し前のこと。
彼は、ゲルマン教授の情報を集めるべく
エウテルペ城下町を探索していた。
とはいっても、手がかりがまるでない。
でも、道行く人々にゲルマン教授を知りませんかと
片っ端から訊くのは意味がないと思っていた。
蜘蛛のように這って歩いていた人に、
ゲルマン教授と連絡を取っていたか訊くという話が
エウテルペ探偵団の中で持ち上がった。
その案を実行するのはエボリになった。
警察署の人間と、
いちばん仲がいいのはエボリである。
警察側の情報をすぐに入手できる。
なので、エボリに任せることにした。
だが、トロスはあまり期待していなかった。
報道によれば、
ゲルマン教授の実験台にされていたらしい男性は、
なぜそうなったのか全く覚えていないという。
ゲルマン教授と連絡を取り合った事実があったとしても、
そのことを覚えていない。
わかっているのは、
実験台になった人たちに、
若返りたいという願望があったということくらい。
マクロスたちが見たという男は、
未だに口を割らないという。
自分が何か悪いことをしたのか、
と開き直っているらしい。
男が、実験台になった人々に何かしたという証拠は
どこにも上がっていないのだ。
「ん?」
トロスは、
エウテルペ中央公園の入り口に
人だかりが出来ているのを見た。
「号外だよ」
新聞社の社員が、号外を配っている。
トロスも、そちらへ行き新聞の号外をもらった。
見出しはこう書かれている。
[謎の男を正式に逮捕! エボリ・ウイング・エウテルペ王子殺人未遂の疑い]
やっぱりこうなったか。
トロスは、そう思わずにはいられなかった。
男が、ゲルマン教授について口を割らないのは確かである。
これでは、ゲルマン教授と関係があるという証拠がない。
実験に参加していたという証拠にもならない。
人体実験は、エウテルペにおいて
重罪と指定されている。
証拠が挙がらないのだから、
男を人体実験の罪で逮捕することはできない。
だが、エボリを撃ったのは紛れもない事実である。
本人が殺意はなかったと言っていても、
あのとき確かにエボリを狙っていた。
エボリを撃とうとしていたのは事実。
撃ったのもまた事実。
王族を殺そうとすることがどういうことなのか、
男は取調べの中でようやく身にしみてわかったらしい。
ただでは、警察署を出られないということだ。
トロスは、号外に一通り目を通すと
それをショルダーバッグの中に入れた。
しばらく歩くと、また人だかりが出来ていた。
今度は、号外ではない。
「あの、どうしたんですか」
トロスは、集まっている人に訊いた。
「あ、トロス君。あの二人が、さっきから口論しているんだよ」
その人は、とある二人組を指差して教えてくれた。
二人は、
「一体どういうつもりよ、隊長。盗賊に頼るなんて」
「いいじゃないか、明日香。利用できる場合は利用するのだ」
「私がいるじゃないのよ。それなのに、どうして得体の知れない盗賊に頼むのよ」
「得体の知れないとは人聞きが悪いな。この国の盗賊は盗賊協会によって管理された立派
な職業だぞ。国にも認められているんだ。きっと頼りになる」
「だからって、私たちの問題を赤の他人に押し付けてはだめ」
「何を言っているんだ。盗賊に頼むのはゲルマン教授の居場所をつきとめてもらうことと
、研究の関連資料を盗み出すことだ。詰めの仕事は我々の役割だ」
「まったく、何考えてるのよ。教授の居場所を突き止めるのも資料を手に入れるのも私た
ちの仕事でしょう。ゲルマン教授がエウテルペ王国にいるっていうから、ついてきてあげ
たのにエウテルペ王国にいるとしかわからないなんて。具体的な場所まではわからないな
んて、エウテルペ王国がどれだけ広いかわかっているの」
「そ、それはだな・・・」
「エウテルペ王国は、国土を4分割して北側、南側、東側、西側って呼ばれているんでし
ょう。エウテルペ城下町やエウテルペ城があるのは北側でダナエ王国に近い地域よ。この
辺りは北側。この北側のどこかにゲルマン教授がいれば、ちょっとは楽に捜せるかもしれ
ないけど、南側だったらどうする。ここから南側まで三日はかかるっていうじゃないのよ

「お、落ち着け、明日香」
「落ち着いていられるものですか。何を根拠に北側にゲルマン教授が潜伏しているってい
う結論にたどり着いたのよ」
「蜘蛛のように這って歩く人間だ。それはこの北側で目撃されたというじゃないか。だか
らゲルマン教授はこの辺りにいるはず」
「何言ってるのよ。実験に手を出したのは部下だけで、本人は南側っていう可能性もある
のよ」
「いや、それは・・・」
「ないなんて、絶対に言い切れないわよ、本郷寺隊長」
本郷寺隊長と呼ばれた人物は、
銀色の髪が特徴的だ。
明日香と呼ばれた人物は、
濃い桃色の瞳が特徴的だ。
明日香と呼ばれた女性が、
かなりの勢いで本郷寺隊長に詰め寄っている。
会話の内容からして、
どうやらゲルマン教授を捜しにきたらしい。
ということは、ゲルマン教授の関係者だろうか。
関係者の割には、
どこかゲルマン教授のことを嫌っているような口ぶりである。
ゲルマン教授と対立している人なのかもしれない。
いずれにしろ、本郷寺隊長と明日香が、
ゲルマン教授を捜していることだけは事実のようだ。
そして、蜘蛛のように這っていた人物は
ゲルマン教授と何か関係があるらしい。
トロスは、ふと、
マクロスたちも
ゲルマン教授について調べていることを思い出した。
二人の口論の内容を忘れないうちに、
盗賊ギルドに行くことにしたのである。

「なるほど、ゲルマン教授を捜しているのはスターダンス教授だけではなかったというこ
とですね」
トロスの話を聞いて、風が言った。
「少なくとも、二人はいたということですか。そして、それが本郷寺隊長と明日香という
人物であると」
セブンも言う。
「問題は、この依頼を引き受けるかどうかだな」
マクロスはそう言って、依頼書に目をやった。
「マクロスさん、なんだか気乗りしないみたいですね」
加奈が言った。
「うん。不確定要素が多すぎる。ゲルマン教授の居場所がわかっていない。それにゲルマ
ン教授の目的が何なのかもわかっていない。ただ若返りの秘法を完成させたいだけじゃな
いような気がするんだ。確かに人体実験は重罪だ。人体実験をやっていることが表に出た
ら、ただじゃすまないというのは目に見えている。だから姿を隠しているとも説明できる
んだけど。どうも引っかかるんだよな」
そうなのだ。
マクロスは、前々から気になっていた。
スターが、どうして必死になって
ゲルマン教授のことを調べてくれと
警察署にもエウテルペ探偵団にも伝えたのか。
人体実験を食い止めるためだ、
と言われればそれまでである。
だが、他にも理由がある気がしてならない。
それに、蜘蛛のように這って歩く人間が出たというだけで
ゲルマン教授の仕業だということがわかったらしい。
よくよく考えたら、
ゲルマン教授の名前を最初に出したのは
スターではなかったか。
メフィストの話からすると、
ゲルマン教授は、科学界を追放されたらしい。
もう一度、科学界に復帰するためには
人体実験は避けなければいけないはずだ。
それなのに、なぜしているのか。
なぜ、よりによってエウテルペに来たのか。
危険を冒してまで、なぜエウテルペに・・・。
「よし」
プリンスが口を開いた。
「これは俺が引き受ける」
マクロスは驚いて、プリンスのほうを向いた。
「この依頼を引き受ければ、妙な口論をしていた本郷寺隊長と明日香に接触できるだろう
。ここからゲルマン教授に関する切り口を見つけ出せばいい。当然、やばい依頼だったら
すぐに手を引く」
「それもそうだな」
マクロスは納得した。
「ゲルマン教授は、かなりの危険人物のようですね」
チェックメイトが言った。
「いざとなれば、ロストメモリーズ2が活動開始ですか」
トロスが訊いた。
「今回も、すでに活動が決まったような気がします」
セブンがそう言っていた。
マクロスも、そんな気がしていた。
ゲルマン教授に関することで、
ロストメモリーズ2が活動することになる、
そんな予感がした。

7.宇宙の力

翌日、宿屋並木道のとある一室にてー
「君が、私の依頼を引き受けてくれるんだね」
本郷寺は、プリンスに向かって言った。
「ああ」
プリンスは、うなずいた。
「では、早速本題に入りたいんだが」
話題を切り出そうとする本郷寺を、プリンスは遮った。
「最初に、こちらの条件を言おう」
「報酬のことか」
本郷寺がいう。
「いや、違う」
プリンスは、報酬のことは重要ではないと思っていた。
ただ働きはだめだが、
今回の事件はもっと重大なものがあると思っていた。
「条件っていうのは、依頼を引き受ける前の条件と、依頼遂行中のときの条件だ」
プリンスはそう言うと、
一息ついてから話し出した。
「まず、今回の依頼は、かなりやばい依頼だと個人的に思っている」
「なぜそう思うのかね」
本郷寺の問いに、プリンスは即答した。
「ゲルマン教授に関する依頼だからだ」
「ほう。ゲルマン教授が絡んでいるから危険だと」
「そうだ。ゲルマン教授は科学界から追放された経歴の持ち主だよな。そんな奴を相手に
するんだからな」
プリンスは、
風からメフィストの話を伝えられている。
「俺の言いたいことだが、まず引き受ける前の条件だ。こちらが聞きたいことはわかる限
り全部答えてくれ。隠し事はなしだぞ」
プリンスは、真剣なまなざしで本郷寺に言った。
「わかった」
本郷寺は、しばらく考えた後にそう返事した。
「そして、俺が引き受けた後の条件だ。実は俺がひとりで引き受けるわけじゃない」
「な、何だって」
「やばい依頼は、普通はひとりでは引き受けない。複数で引き受けるのが普通だ。今回は
複数で引き受ける。俺は代表して話を聞きに来たんだ。この意味がわかるか」
「君のほかにも、私が話したことが伝えられると」
「そうだ。それを了承してもらわなければならない。それが嫌なら何も話さなくていい。
ただし、俺は依頼を放棄する。蜘蛛のように這って歩く人間の事件のせいで、ゲルマン教
授に関わる依頼を引き受ける盗賊は他にはいないだろう」
「なぜ、蜘蛛のように這って歩く人間がゲルマン教授と関係があるとわかったんだ」
本郷寺のこの言葉を聞いたとき、
マクロスがおかしいと思ったのがよくわかった。
普通、蜘蛛のように這って歩く人間が出ても
その存在だけが騒ぎになって、
裏で手を引いている奴のことなんか
最初は気にも留めないはずだ。
まずは蜘蛛のように這って歩く人間のほうが
インパクトが強すぎて、
そっちを何とかしなければならないと思うだろう。
なのに、スターダンス教授は、
蜘蛛のように這って歩く人間が出たとわかっただけで、
それがゲルマン教授の仕業だと見抜いた。
何の迷いもなくだ。
それだけ、
ゲルマン教授がやばい研究をしていることで
有名だったということだ。
一般人が蜘蛛のように這って歩く人間と
ゲルマン教授を結び付けられるわけがない。
懸念は、他にもやばい研究をやっているかもしれない。
「情報源があったんだよ」
プリンスはそう答えておいた。
「情報源」
「スター・スターダンス教授だ」
プリンスが出したこの名前に、本郷寺は目を見開いた。
「スター・スターダンス教授」
プリンスは、冗談抜きで驚いた。
本郷寺をかなり驚かせたようである。
「エウテルペ大学工学部で、地質学の教授をやっている」
「すると、このエウテルペ城下町に住んでいるのだな」
本郷寺はいう。
「そうだ」
プリンスがうなずく。
「やはり、ゲルマン教授はこの城下町のどこかにいる」
かなり力が入った本郷寺に、
プリンスは冷静に訊いた。
「なぜ、そう断言できるんだ」
そう、プリンスはこれが訊きたかった。
訊きたかったのは、
なぜ依頼を出したのかということである。
遠方からギルドに出したということは、
この辺りに
ゲルマン教授がいることを知っていた。
だが、肝心の居場所がわからなかったので
それを盗賊たちに探させ、
ついでに資料を盗んでもらうという寸法だろう。
「スターダンス教授がいるからだ」
「そんな答えじゃわからない」
本郷寺の答えに、プリンスは冷静に突っ込みを入れた。
「では、星士がいるからだと言ったらどうする」
「は?」

マクロスは、
魔王と共にエウテルペ大学工学部を訪れていた。
「魔王」
「何でしょう」
「俺が、ここへ通いたいなんて言っていたら、どうしてた」
「どうしたんですか、マクロス様」
「いや。俺は学歴から考えたら中卒だろう。義務教育の学習が終わったら、それより上の
高等教育とかいうものは受けてない。まあ、俺は独学でダナエの歴史と経済事情とか貴族
の家系とか嫌でも覚えなければならない国務の関係は学んだ。だが、学校っていうものに
は通っていないからな。高校も大学も行きたいと思わなかったから行かなかった。だけど
、本当は行きたいと思わなかったというよりも行き方を知らなかったと言ったほうが正し
いかもしれないな」
「なるほど。マクロス様は家庭教師に勉強を教わって、それっきりでしたね。ご進学のこ
とが話題に上がったら、お考えになっていましたか」
「どうだろうな。勉強なんか嫌だとか思ってたけど、スターさんの授業は受けてみたいと
思った。スターさんを目当てにここへ通うっていうのもへんだけどな」
「私が教会図書館で聞いた話によりますと、そういう方もいるみたいですよ」
「ほう。スターさんを目当てにか」
「はい。エウテルペ大学工学部を志望した理由として、スターダンス教授の講義が目当て
だという方も多いと聞きます」
「そうだったのか。スターさん人気あるな」
「ですね」
二人は、そんな話をしながら建物の中に入っていった。
いま、スター・スターダンス教授は講義中だというが、
その助手であり秘書であり息子でもある
ライジン・スターダンスは研究室にいると、
受付の事務員から教えられた。
マクロスは事前に、
こちらへ来ることを伝えてある。
研究室に行っても問題はないとのことだったので、
マクロスと魔王はスターダンス研究室を目指した。
「研究室って、確か3階だよな」
「そうですが」
「で、3階のどこだ」
「え、地質学関連のフロアは南側で・・・あ、ここに案内板が」
「それは助かった」
なんとか、案内板を見つけることができたため
迷子になるということはなかった。
「まさか、二十三にもなって、迷子になりそうとはね」
「私もこの歳になって迷子になりかけたということですか・・・」
やっとの思いで、
スター・スターダンス教授の研究室にたどり着いた
マクロスと魔王は扉の前で一呼吸置いた。
そして、マクロスが扉を叩いた。
「どうぞ」
部屋の中から、ライズの声が聞こえた。
「失礼します」
二人は研究室に入った。
「マクロス君と魔王さん、いらっしゃい」
ライズは、二人を出迎えた。
「飲み物を用意するよ」
「お構いなく」
マクロスはライズに言ったが、
ライズは、アイスコーヒーを用意してくれた。
「どうもありがとうございます」
マクロスも魔王も、ライズに礼を言った。
「どういたしまして。ところで用件は」
「はっきり言います。ゲルマン教授のことですよ」
ライズは首をかしげた。
「マクロス様は、スターダンス教授のことを疑っておられるわけではありませんが、どう
も解せないところがあるとおっしゃっています」
魔王が言った。
マクロスがライズに直接言うのは抵抗があると
判断したためである。
「どういうことですか、魔王さん」
当然ながら、ライズにはわからなかった。
マクロスは、昨日にギルドで論じたことを
魔王とマクベスにも話してある。
また、マクロスの話を聞いていたトロスは
運命とエボリと林と
妹のミルテ・ヴェガ・エウテルペにも話している。
「スターダンス教授は、蜘蛛のように這って歩く人間が現れたと聞いただけで、それがゲ
ルマン教授の仕業だとおっしゃったんですよね」
魔王は、確かめるように聞いた。
「そうです」
ライズは肯定した。
「どうして、それがゲルマン教授の仕業だとすぐにわかったのですか」
「ゲルマン教授が人体実験をしていたという前例があったからではないですか」
ライズは、自分で魔王に答えておきながら、
腑に落ちないものを感じていた。
それは、
なぜ父親はわかったのだろうかという疑問。
ゲルマン教授は、
蜘蛛のように這って歩くことではなくて
若返りの秘法の研究をしていたという話だ。
その秘法の成果が、
蜘蛛のように這って歩くこととなってしまった。
と、考えるのが普通である。
だが、報道では
若返りの秘法という言葉は一度も出てこなかった。
出てきたのは、発砲事件の男が逮捕された後だ。
しかし、科学者からすれば
ゲルマン教授と結び付けられるのは
蜘蛛のように這って歩く人間ではなく、
若返りの秘法のはずである。
その副作用が蜘蛛のように這って歩く人間だとは、
あのときは誰も知らなかったはずだ。
「人体実験でも、蜘蛛のように這って歩く人間が現れるとは限らないでしょう」
今度は、マクロスが言った。
「確かに。父さんは一体どうして・・・」
ライズがこう言いかけたとき、扉が開いた。
「それは俺から説明する」
「父さん」
「スターさん」
「スターダンス教授」
ライズ、マクロス、魔王が同時に名を呼んだ。
「ライズもマクロス王子も魔王さんも落ち着いてくれ。確かに詳しい話をしなかった俺が
悪かった」
スターはそう言って、マクロスと魔王に頭を下げた。
「あ、べつに俺は」
「私も、謝られなくて結構ですよ」
マクロスも魔王も、スターに頭を上げるよう促した。
スターは、研究室の自分のいすに座った。
そして、話し始めた。
「ゲルマン教授の話は、メフィストさんから聞いていると思うが、科学界から追放された
男だ。人体実験をやった罪でな。その人体実験の副作用が蜘蛛のように這って歩く人間だ
った」
「だから、蜘蛛のように這って歩く人間が現れてそれがゲルマン教授の仕業だと」
「ああ、ライズ。蜘蛛のように這って歩く人間はゲルマン教授が実験を行なった後に現れ
ることが多い。他にも人体実験は何件か報告されている。だが、他の奴がやった人体実験
はどれも蜘蛛のように這って歩く人間が現れたということはない。それ以外の副作用は起
こっていたがな。だから俺はこの事件を知ったとき、すぐにゲルマン教授のことを警察や
王家に知らせなければならないと思った」
「それだけですか」
「・・・さすがだね、マクロス王子」
マクロスの言葉に、スターはため息をついた。
「すると、他にも何か」
魔王が訊いた。
「そうだ」
スターはうなずいた。
魔王は、
スターの言葉遣いは全く気にしていなかった。
ダナエでは、年上の人間に対して
丁寧な言葉で話すのは当たり前である。
聖戦士は、王族の次に偉い立場なのだ。
だが、そういった文化が
外国人のスターに当てはまるとは限らない。
「ゲルマン教授の研究は、ひとつだけじゃない」
スターの口調には、どこか恐ろしい響きがあった。
その言葉を聞いたマクロスの脳裏に嫌な予感がよぎる。
「すると、また別の研究が」
やっとの思いで、マクロスはそう訊いた。
「そう。宇宙を操る研究だ」
そんな研究があるとは思っていなかった。
宇宙へ出るという計画は知っていた。
だが、どうやったらそんなことができるのか。
そこまでは、マクロスは知らなかった。
宇宙へ出ることもできないのに、
その宇宙を操るとはどういうことなのか。
「正確に言うと、星を操るだな」
スターの顔色が悪い気がする。
「星を操る?」
マクロスは、まさかと思った。
「スターさん、まさかとは思いますけどゲルマン教授の実験に参加したことがあるとか」
「いや、マクロス王子。俺は一切協力していない。ただ・・・」
スターは、一息置いて言った。
「協力依頼が来たのは確かだ」
「じゃあ…ゲルマン教授は星士の力を欲していた、とか」
魔王の言葉に、スターはうなずいた。
「そういうことだ。星士は、星の力を自らの力とすることができる唯一の種族だ。人間に
も星の力を借りて魔法を使うことができる者がいるが完璧に出来ているわけじゃない。星
の力を最大限に引き出せるのは、星士だけだ」
「つまり父さんは、その力をゲルマン教授に見込まれたと」
「そうかもな」
ライズの言葉を、スターは否定しなかった。
「ゲルマン教授は、星士の力があれば星を操れるとでも思ったらしい。いくら星士でも、
星を自由に操ることはできない。星の力を借りることはできてもな」
「その研究を良いことに使おうとしていたのでしょうか」
魔王が訊いた。
「いや。ゲルマン教授はとんでもないことに星を操る力を使おうとしていたと、ゲルマン
教授のもとにいた人物は言っていた」
「どんな」
マクロスは訊いてみた。
スターの告白は恐ろしいものだった。
「宇宙の力で、この星を征服するという計画だ」

8.事の粗筋

その日の午後、
マクロスとプリンスは
盗賊ギルドのロビーにいた。
今までの事を整理して考えるためだ。
だが、二人とも口を開くことができなかった。
しばらくして、プリンスが口を開いた。
「魔王さんは」
「スターさんから聞いたことを父さんたちに伝えている。おそらく竹原博士やフユさんに
も話しているだろう」
マクロスは答えた。
声が震えていることは自分でもわかった。
「スターダンス教授は何を話したんだ」
「・・・」
「そうだな。よし、俺から話そう」
プリンスは、本郷寺から聞いてきた話を始めた。
ゲルマン教授は、もともと東洋の国にいた。
その国にいたときから、人体実験をやっていた。
若返りの秘法を研究するためだが、
実験台になった人々は
蜘蛛のように這って歩く人間へと変わった。
その不穏な動きを科学界の人が察知。
科学界は、ゲルマン教授に追放の宣告をした。
以来、ゲルマン教授は東洋の国から姿を消した。
若返りの秘法を研究するに当たり、
ひとつだけ
その可能性がある物質を
ゲルマン教授は見出していた。
それが、大空教授が発見した新種のカビだった。
カビを改良すれば、
若返りの秘法になると思った。
ゲルマン教授は以前に、
大空教授の研究施設にいた。
目的は、カビのデータを手に入れることだった。
新種のカビのデータは、
普通の鍵付きの棚に保管されていた。
あるとき、カビのデータが紛失した。
ゲルマン教授が研究所を出た直後だった。
そのカビのデータを取り戻すというのが、
本郷寺たちの目的だった。
ゲルマン教授と敵対している本郷寺たちは、
科学界の秩序を守るために活動していた。
ゲルマン教授は、
追放された後でも人体実験を繰り返していた。
エウテルペ城下町で、
蜘蛛のように這って歩く人間が再び現れた。
本郷寺は、仲間の大空明日香を連れて
エウテルペ城下町にやってきた。
ゲルマン教授の居場所を捜すために、
盗賊たちに資料を盗んで欲しいと依頼した。
「・・・ここまでが俺の話だ」
プリンスは話を締めくくった。
「なあ、大空明日香って」
マクロスは、思いついた。
「さすがだな。そうだよ、大空明日香は、大空教授の娘だ」
プリンスはうなずいた。
「そうか。じゃあ、父親の研究データを持ち去ったゲルマン教授が許せないと思っている
のかもな」
「そうでなかったら、大空明日香は仲間に入っていなかっただろうな」
マクロスの推測に、プリンスは納得した。
「それじゃあ、俺がスターさんから聞いた話をするよ」
マクロスは、やっと話せると思った。
プリンスの話を聞くまでは、
とても話せるような状態ではなかった。
スターから、
あんな恐ろしい計画を話されるなんて
思ってもいなかったのだ。
「どうやら、今回は本当に危険な依頼らしい」
マクロスは、そう言ってから話し始めた。
ゲルマン教授の研究は、
若返りの秘法だけではなく、
もうひとつ別の研究もあった。
研究というのは、
宇宙を操り世界を征服することだった。
ここでいう世界とは、
この星のことではなく
宇宙全体のことではないかとスターも言っていた。
ゲルマン教授は、
ひとつの可能性を考えていた。
それが、星士の利用だった。
ノーストリリアの民が生み出した種族が星士で、
星の力を命の糧にしていた種族だった。
星士が使う占星術は、
まさに星士の代名詞だった。
星士は、昼夜を関係なく占星術が使えた。
星の光が連続的に敵に降り注ぎ、
ダメージを与えるという大技だった。
マクロスもプリンスも、
その威力は昨年の夏に実感していた。
精神世界に巣食う魔人・魔斗を倒すときに、
スターダンス一家が使った技が占星術だった。
ゲルマン教授は、そこに目をつけた。
星士を従えれば、
世界征服は可能だと企てた。
星士自身を研究し、星士の力を利用し、
宇宙を支配する魂胆だった。
現在、星士の数は激減していた。
エウテルペ王国の中で、
星士は
ライズの娘を含む三人だけだった。
ゲルマン教授は、
エウテルペ城下町に目をつけた。
スター、ライズ、ラアラを、
実験に引き込む可能性があった。
スターを実験に引き込もうとして、
断られたという過去があった。
そんな危機感があったからこそ、
スターは警察や盗賊協会に
依頼を出すことを決意した。
「だから、本当にやばい奴なんだ。スターさんやライズさんやラアラちゃんが、ゲルマン
教授の手にかかったらと考えると・・・」
マクロスは、少々冷静さを欠いてしまったようだが、
プリンスにもその気持ちはよくわかった。
「つまり、俺たちは引き受けたくなくても、引き受けなければならない立場に立たされた
ってことだな」
プリンスは言った。
「今回ばかりは、もう後戻りできないだろう。他に引き受ける人がいるとは限らないし」
マクロスも言う。
不確定要素が多いから引き受けないという信条は
通用しないということだ。
「で、ゲルマン教授の居場所は」
マクロスは訊いた。
「居場所まではわからないってさ。この近くに住んでいる可能性はあるってことだ」
プリンスは答えた。
「それなら、もうわかってますよ」
突然、話に加わってきた者がいた。
「おい、加奈。学校はもう終わったのか」
「はい」
プリンスの問いかけに、加奈はうなずいた。
「加奈ちゃん。ゲルマン教授の居場所って」
マクロスが訊いた。
「それが・・・」
加奈は、言うのをためらっている。
「なんだ。まさか、エウテルペ城に潜入していたんじゃないだろうな」
プリンスのこの言葉に、
マクロスは、考えられなくはないと思った。
よくよく考えたら、
マクロスはゲルマン教授の顔を知らない。
エウテルペ城の使用人の中に
ゲルマン教授が紛れ込んでいても
マクロスは気づかないだろう。
「いいえ、そんなことはないわ」
加奈は否定した。
「じゃあ何だ。まさかエウテルペ大学工学部に潜入していたとか」
「それもないわ。スターさんにすぐに気づかれますよ」
「そうだな」
プリンスは、納得した。
「ならば、プリンスや加奈ちゃんたちが住んでいるアパートとか」
マクロスが訊いた。
「大丈夫、それもないです」
加奈は否定した。
「それじゃ、どこだっていうんだよ」
プリンスが訊いた。
だが、加奈が答えるよりも先に
マクロスが答えを言った。
「モルグ・ホームタウンの隠れ家だな」
モルグ・ホームタウン。
ダナエ王国の人間で、
聖戦士・祖国の兄でモルグ・ベルグの名を名乗って
人々を脅して大金を巻き上げ、
それで生活していた人物だ。
実家から勘当されたばかりでなく、
マクロスの命により、ダナエから追放された。
そんな奴がエウテルペ城下町で
脅しのために拠点を置いていたところに、
今度はゲルマン教授が住んでいるというのか。
「そうです」
加奈は、重々しく言った。
「でも、なんでわかったんだよ。お前、ゲルマン教授の顔なんか知らないだろう」
プリンスのこの問いに、加奈は即答した。
「ロビン子爵を頼ったんです。得体の知れない人物を相手にするときはロビン子爵を頼る
のがいちばんですよ」
加奈の答えに、マクロスもプリンスも納得した。
マクロスは、
ロビン子爵が絡んでいるのではないかと勘ぐっていた。
猫人の貴族であるロビン子爵は、、
盗賊でありながら
同時に情報屋でもある。
情報屋なのだから、
ゲルマン教授のことも
頼めば調べてもらえるに違いない。
また、加奈の育ての親とも言える。
だが、ロビン子爵の情報源がどのようになっているかは
加奈にもわからなかった。
いろいろと情報を仕入れてくるのだ。
「ロビン子爵って盗賊っていうよりは、盗賊の守護者みたいだな。いろいろな情報を提供
して、こっちを少しでも有利にしてくれるというような、そんな感じだな」
プリンスが言った。
これには、マクロスも加奈もうなずいた。
「それに、俺はロビン子爵には一度も会ったことがない」
マクロスは言った。
盗賊になってからというもの、
ロビン子爵本人に会ったことがないのだ。
写真だけなら盗賊ギルドのロビーにあるので、
顔は知っている。
ロビン子爵は、
盗賊協会設立メンバーのひとりである。
「本当に守護者ね、ロビン子爵は」
加奈も言う。
ロビン子爵が表に出てこないところを考えると、
やはり、守護者と思えるのだろう。
「さて、これからどうする」
マクロスが訊いた。
「今回は、より慎重に行動しないといけないな」
プリンスが言った。
「入念に作戦を練りましょう。それに、研究資料を盗み出しただけではこの事件は終わら
ない気がするし」
加奈の言葉は、マクロスもプリンスも否定できなかった。

9.隠れ家

翌日は、よく晴れていた。
このまま夜まで晴れていてくれれば、
きっと綺麗な星空が見られるだろう。
その星空が、敵になるかもしれない。
(ここにゲルマン教授が・・・)
マクロスは、
モルグ・ホームタウンの隠れ家を見ていた。
現在、ここは廃屋という扱いになっている。
だが、誰かが隠れ住んでいてもおかしくはない。
マクロスは、下見に来ていた。
いや、下見というよりも
様子を見に来たと言ったほうがいい。
今回は、侵入ルートを考えるというよりは、
現在はどんな様子なのかを確かめにきたのである。
人通りが昼間でも少ない、日当たりの悪い路地。
「マクロスさん」
エボリが声をかけてきた。
彼もまた、ゲルマン教授について調べている。
そして、恐ろしいことを知ってしまった。
マクロスに協力しないわけにはいかない。
そして、エボリは周辺を調べていた。
「エボリ君。何か変わったことは」
「今のところ、特には・・・」
エボリがそう答えたときだった。
なんと、廃屋の扉がガチャリと開いたのだ。
マクロスとエボリは、
近くにあったドラム缶の陰に隠れた。
建物から出てきたのは、
オレンジ色の髪の女性だった。
赤を基調とし、
前面は白地に赤い文字で[QT]と書かれた野球帽。
その女性は、手に何か持っている。
書類のようだ。
「待て、小娘」
続いて、建物から出てきたのは
体格のいい男だった。
男の制止など、女性は聞きそうにない。
表通りに向かって、女性は走っていく。
「追え」
男が、建物の中に向かって叫んだ。
すると、建物の中から黒ずくめの男が三人現れた。
三人とも、あの女性を追っていくようだ。
「マクロスさん、どうしますか」
エボリが訊いた。
「あの女性が持っていたものは、もしかしたら、こちらの目的のものかもしれない。俺は
あの女性を追ってみる。エボリ君はどうする」
「俺は、もう少しここにいます。ゲルマン教授が登場ということも考えられるし」
「よし、決まり」
マクロスは、少し間を置いてから
その場を後にした。
まだ建物の中にいる奴らに見られていたかもしれない。
マクロスはそう思った。
「さて、どうするかな」
残ったエボリは、ドアに注目していた。
ドアは開けられたままである。
しばらくして・・・。
建物から、一人の老人が出てきた。
白髪の老人だ。片眼鏡をつけている。
その人物に従うように、
若い男が建物の中から出てきた。
「教授、あの書類は」
若い男が言った。
「あれを持ち出されたら厄介だ。また、こちらへの手が伸びてくるだろう」
老人は教授と呼ばれているようだ。
「教授ってことは、あれがゲルマン教授なのか」
エボリは、やっと見つけたぞ
というような感覚にとらわれた。
「あいつらが取り戻してくれれば、問題はありませんね」
若い男は言った。
「そうだな」
老人のゲルマン教授は、どこか不安な様子だ。
「何か」
若い男の問いに、ゲルマン教授は答えた。
「まずは、あの小娘だ。あの小娘は自らをキューティーライダーと名乗っていたが、どこ
かで見たことがあるような気がする」
「他に気になることは」
「つぎに、金髪の男」
「金髪の男?」
金髪の男という言葉を聞いた瞬間、
エボリは硬直した。
「奴らがあの小娘を追っていくところを、金髪の男に見られた。しかも、金髪の男は小娘
たちの後を追った。そこから我々の研究が露呈するかもな」
「そんな・・・」
「ああ、敵が増えてきたようだ」
敵なら藍髪の男もいるぜ。
エボリは、そう心の中で叫んだ。
ゲルマン教授は、
マクロスの姿に狼狽しているようだ。
モルグ・ベルグ事件のときは
マクロスが来たことが裏目に出たが、
今回は逆の効果を生んでいる。
研究資料が表に出てしまえば、
もう立場はなくなるだろう。
「教授。ここまで来て若返りの秘法をあきらめるのですか」
若い男が、叫ぶように言った。
「まだ大丈夫だ。宇宙の計画はまだ捨てていない。あの計画さえ残れば、科学界の連中は
・・・いや、すべての生物が私に従うだろう」
ゲルマン教授は答えた。
声が震えているのは、気のせいだろうか。
「すると、書類の中身は若返りの秘法だな」
エボリは、少なくとも
ここでゲルマン教授を追い込むことは
難しいと思った。

赤帽の女性、
キューティーライダーは敵に囲まれていた。
「くっ」
キューティーライダーは、悔しそうな表情を浮かべた。
「さあ、その資料を返せ」
黒ずくめの男のひとりが叫ぶ。
残りのふたりは黙っている。
ここは、表通りで人通りも多い。
通りすがりの人々が、何事かと足を止めている。
プリンスも紛れ込んでいた。
「お前、本郷寺っていう男の仲間なのか」
人ごみの中から声がした。
「え、隊長を知っているの」
キューティーライダーが声に返す。
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう」
プリンスも人ごみに合流して、
マクロスの肩を叩いた。
「その黒ずくめの奴らは、かなり危険な奴らだ」
目の前の光景を指さし、
マクロスはプリンスに教えた。
「お前らはストーカーなのか」
プリンスが叫んだ。
黒ずくめの男たちは焦った。
「ストーカーは、エウテルペではかなり厳しく取り締まられているからな。お前ら、どう
なるかわかっているのか」
プリンスが訊いた。
「違う。我々はストーカーではない」
「じゃあ、何なんだ」
マクロスが、黒ずくめの男に訊いてみた。
「我々は、ゲルマン教授の部下だ」
瞬間、ここにいた一般の人々は凍りついた。
ゲルマン教授のことは
世間でも話題になっていた。
エボリが撃たれたという報道が流れてから、
撃った奴はゲルマン教授の部下らしいとか、
ゲルマン教授との仲介役をやっていてとか、
男性たちに若返りの秘法を渡していたとか、
いろいろな推測がなされていた。
蜘蛛のように這って歩く人間の現象については、
科学に詳しい人々の間では有名だった。
詳しくない人でも、
竹原博士やメフィストに問い合わせたという人もいる。
ゲルマン教授のことは、
すでに多くの人に知れ渡っていた。
また、エウテルペ探偵団が
ゲルマン教授のことを調べていることも
城下町の人々は知っていた。
探偵団が調べているのだから、
かなりの危険人物に違いないと誰もが思っていた。
「おい、警察に連絡だ」
「はい」
黒ずくめの男たちはその場を去った。

「なんだか、あっという間に解決しちまったな」
警察署からの帰り道、プリンスが言った。
「確かに、本郷寺隊長が目的としていたものもあっさりと手に入ったし」
マクロスも言った。
本郷寺がプリンスに依頼した書類は、
あのキューティーライダーが盗んでいたのだ。
キューティーライダーとしてのプライドが、
盗賊への協力の要請を許せなかった。
なので、
単独でゲルマン教授のアジトに乗り込んで
人体実験に関する書類を盗み出したという。
警察署には本郷寺も呼ばれ、
書類は警察側で処分するということになった。
黒ずくめの男たちは、
警察に捕まり取調べを受けている。
盗みに入ったキューティーライダーについては、
今回の事情から、許してもらえた。
「ところで、キューティーライダーはどこでゲルマン教授の居場所を教えてもらったんだ
ろう」
マクロスが、そんな疑問を出した。
「きっと、自分で調べたんじゃないのか。俺たちはゲルマン教授の顔を知らないが、キュ
ーティーライダーは知っていたかもな。顔さえ知っていれば、こっちよりは探すのが楽だ
ったんじゃないのか」
プリンスが言った。
「マクロスさーん」
エボリが、こちらにやってきた。
「エボリ君。あっちに行ったままだったね」
「気にしないでくださいよ、マクロスさん。あ、プリンスも」
「よお、エボリ。大変なことがあったんだ」
プリンスはそう言うと、
表通りであったことを話した。
「じゃあ、プリンスが盗もうとしていたものについては解決したってことか」
エボリは言った。
「エボリ君、まだ何かあるみたいだね」
マクロスが言った。
「そうですよ、マクロスさん。研究資料が警察の手に渡ったことでゲルマン教授が科学界
を追放される可能性は高くなった。今の話からして資料は警察で処分されるみたいですけ
れど、その前に科学界の人たちにも見せるという機会があると思います。それでゲルマン
教授の処分が決定されると思いますが、それまで間があるので・・・」
エボリが言いたいことを、
マクロスもプリンスも理解した。
「やっぱりというか、まだこの事件は解決していないってことだな」
プリンスは言った。

近くまで来たというわけでもないが、
三人は盗賊ギルドに顔を出した。
「あ、父さん」
マクベスが来ていた。
「マクロス。それに、エボリ君とプリンス君も」
「こんにちは、マクロスの父さん」
プリンスは、マクベスに挨拶した。
プリンスは、
マクロスの父さんに事の経緯を話した。
「この依頼は出して正解だったな」
「依頼?」
マクロスは、マクベスの言葉に訝った。
「マクベス様から依頼が出されたんですよ。ご覧になりますか」
チェックメイトが言ってきた。
「お願いします」
マクロスは促した。

ゲルマン教授の野望を阻止してほしい
宇宙を操り世界征服をするを阻止してほしい
研究資料を盗むのが効果的と思われる
報酬は要相談
(マクベス・ダナエ)

ずいぶん簡潔な依頼である。
特定の人物にしか引き受けさせたくないような、
そんな感じがする。
「父さん」
「そうだ。怪盗MRDに、この依頼を引き受けてもらいたいんだ」
「・・・」
マクロスは、何も言えなくなった。
「父さん、魔王からの話は聞いているだろう。ゲルマン教授がどれだけやばいのか、俺は
もうわからなくなってきている」
「だからって、この星を見捨てるわけにはいかないだろう」
それもそうである。
「わかりました、マクベス・ダナエ王。お引き受けいたしましょう」
マクロスは、言った。
「よし、決定だ」
マクベスは満足そうに言った。
「当然、俺も引き受けていいよね」
プリンスが訊いた。
「もちろん」
マクベスは即答した。
「俺も、引き続き協力させていただきますよ」
エボリも言った。
「助かるよ、エボリ君」
マクロスは正直に言っていた。
「よし、風とセブンにも、このことを話そう」
プリンスは、
何としてでも
この依頼を解決しなければならないと思っていた。
それは、マクロスもエボリも同じである。
「俺自身も協力していいでしょう、チェックメイトさん」
「構いませんよ、マクベス様」
チェックメイトはそう言ったものの、
内心はダナエ王に何かあったらと思っていた。

10.新たな動き

翌日、
マクロスには嫌な予感がしていた。
「どうしましたか」
マクロスの様子に気づいた魔王が声をかけてきた。
「魔王か。何か嫌な予感がするんだ」
マクロスは答えた。
「嫌な予感」
「ほら、父さんから依頼を引き受けたっていう話を昨日しただろう。その依頼に関するこ
とで」
「つまり、ゲルマン教授に関することで」
「ああ」
正直言って、
ゲルマン教授とは関わりたくない。
マクロスはそう思うようになっていた。
「もう1回、行ってみるか」
マクロスは、あの建物を
もう一度見なくてはならないと考えていた。
人体実験に関することは、一気に解決していた。
今日の朝刊において、
ゲルマン教授の部下が新たに捕まったことや
警察が人体実験に関する資料を押収できたことが
取り上げられていた。
近々、ゲルマン教授にも逮捕状を取ると同時に
家宅捜索令状も発行される。
人体実験の書類があるため、
ゲルマン教授は言い逃れできない。
だが・・・。
「あのゲルマン教授が、そう簡単に捕まるとは思えない。そうですよね」
少女が声をかけてきた。
長い金髪をふたつに結い、茶色い瞳を持っている。
彼女こそ、エウテルペ王国第一王女の
ミルテ・ヴェガ・エウテルペである。
「そうだよ、ミルテちゃん」
「これは、ミルテ様。おはようございます」
「おはようございます、魔王さん」
「ミルテちゃんは、どれだけ事態を把握している」
「エボリ兄さんからの調査結果は把握しています。あとはマクロスさんのお話のことも」
「念のため訊くけれど、最近、使用人が増えたとか、そういうことはない」
マクロスは、
使用人の中に
ゲルマン教授が紛れ込んでいる可能性を考えた。
昨日のエボリの話だと、
ゲルマン教授はあの建物にいたことになる。
また、ロビン子爵の情報からも
紛れ込んでいる可能性は低いことがわかった。
だが、防衛線を張っている可能性もある。
使用人としてエウテルペ城に紛れ込み、
ほとぼりが冷めるまで
ここで生活するかもしれないのだ。
「大丈夫です。そんなことはありませんよ」
ミルテは断言した。
マクロスは余計な心配をしているようだ。
「魔王、図書館で不審な人物が来たということは」
「そうですね。フユさんと目を光らせていますが、ゲルマン教授の手下と思われる人物は
来ておりません。」
「魔王、城下町に住んでいる人全員の顔を知っているとか」
「いえ、図書館に来る人は顔なじみにが多いですから」
「そうか。ゲルマン教授がエウテルペ城に来たってことはなさそうだな」
マクロスは、そういう結論に達した。
「マクロス様、本日のご予定は」
「また建物に行ってみるよ。もしかしたら、何らかの動きがあるかもしれない」
「私もご一緒したいですが、あいにく教会図書館の仕事がありますので」
「構わないよ。ミルテちゃんも今日は家庭教師だろう」
「はい。私も一緒に行きたいですけれど」
「いや、ミルテちゃんに何かあったら運命君たちに何を言われるかわからないし、危険な
目には遭わせたくはないし」
「協力できることがあったら協力するというのが、エウテルペ探偵団の信念です」
ミルテは、きっぱりと言った。
マクロスは感心した。
「作戦の相談か」
運命が、食堂にいるみんなに声をかけてきた。
「マクロス様が、廃屋の調査に行くとおっしゃっています。なので・・・」
「運命兄さんも、一緒に行ったらどう」
魔王とミルテが、
マクロスが頼みたかったことを先に言ってしまった。
「あ、いいよ。俺もゲルマン教授のことについては、早く止めないとと思っていたし」
運命は、快く引き受けてくれた。
「それじゃ、よろしく」
「こちらこそ」
マクロスは、
トントン拍子に決まってしまったことに
少々気が抜けていた。

マクロスと運命は、廃屋の前にやってきた。
やけに静かだった。
「いくらなんでも、静かすぎないか」
運命が訊いた。
「俺もそう思う。なんだか、かえって不気味だ」
マクロスは答えた。
「入ってみるか」
マクロスのこの提案に、運命は即答した。
「戦いになってもいい」
「よし、決まり。父さんからの依頼も出ているし、侵入しても問題はない」
さて実際は、
二人は建物に侵入することになったのだ。
「まさか、朝から侵入するなんてね」
マクロスはそう言いながら、
入り口のドアの取っ手に手をかけた。そして、
「どうしたの」
何かに気づいたマクロスを見て、運命が訊いた。
「鍵が開いている」
「え」
この時間帯では、
鍵が開いていてもおかしくはない。
だが、マクロスはおかしいと思った。
誰かがいる。
その割には、人の気配が全くしない。
マクロスは、静かに扉を開けた。
念のため、ごめんくださいと言ってみた。
何も反応がない。
続いて運命が建物の中に入り、
お邪魔しますと言ってみた。
しかし、反応はなかった。
二人は、慎重に歩を進めた。
手分けして、建物内を調べた。
調査の間、誰にも見つかることはなかった。
なぜなら、誰もいなかったからである。
マクロスも運命も、
建物には誰もいないと結論づけた。
「運命君、食料品や生活用品を見つけた」
「いいや、全くなかった。マクロス君は」
「俺も見つけられなかった。宇宙計画の資料も」
「そういえば、本来の目的はそれを手に入れることだったよね。俺も探してみたけど」
「どうやら、ゲルマン教授の一味は、ここから撤退したようだな」
マクロスの言うとおりだった。

結局、
マクロスの調査は徒労であったようだ。
一旦、エウテルペ城に帰還することにした。
「あ、メフィストさんだ」
オープンカフェの前にメフィストがいるのを、
マクロスは見つけた。
「誰かと話しているみたいだよ」
運命が指摘した。
メフィストは、誰かと話している。
「あれは本郷寺隊長」
マクロスにとっては、見覚えのある人物だった。
昨日に警察署に来ていた、
とある組織の隊長である本郷寺だ。
科学界のために、日々活動しているという。
とある組織って、何の組織なんだろう。
ゲルマン教授を倒せば、
活動の目的がなくなるんじゃ・・・と、
なんだか得体の知れない組織だとマクロスは思った。
「本郷寺隊長?」
「ほら、カフェの前にいる男性だよ」
「じゃあ、その隣にいる女性は」
「俺も知らない」
マクロスは運命にそう答えたが、
どこかで見たことがあるような気もしていた。
本郷寺の隣にいるのは、
こげ茶色の髪をふたつの三つ編みに結っている女性だ。
濃い桃色の瞳、黒縁の眼鏡。
地味な女性である。
本郷寺と女性が、
メフィストと何を話しているのだろうか。
「ほ、本物」
「いかにも、僕がメフィスト・カカオマスだけど」
「嬉しいです。メフィスト・カカオマスさんに会えるなんて幸せです」
「こら、そんなに興奮するんじゃない」
「いいじゃないですか隊長。私はメフィストさんのファンなんですから」
「僕のファンとは、何かの間違いでは」
何言ってるんだよ。
普通にかっこいいじゃん。
顔は綺麗だし・・・。
マクロスはそう思った。
いつの間にか、マクロスと運命は
会話が聞こえる距離まで近づいていた。
「大空明日香です」
女性が、メフィストに名乗った。
マクロスは、トロスから聞いた女性の話を思い出した。
「大空明日香?」
メフィストは驚いた。
「君は大空教授の」
「父をご存知なんですか」
「世界科学雑誌で、大空教授に関することを取り上げたから」
「まあ、嬉しいです。本当に感激です」
大空明日香は、すっかり舞い上がっている。
「すまないね」
本郷寺は、メフィストに言った。
「別にいいですよ」
メフィストは、悪い気はしなかった。
「ところで、その覆面は」
本郷寺は、
メフィストの目の周囲を覆っている
布製の赤い覆面が気になっていた。
「これですか。これは・・・」
「メフィストさんのトレードマークですよ」
ついに、マクロスが口を出した。
「あ、マクロス君。それに運命君も」
「こんにちは、メフィストさん」
「こんにちは」
マクロスも運命も、メフィストに挨拶した。
「よかったですね、目的の資料が手に入って」
マクロスが言った。
「ああ、これで解決だよ」
本郷寺は答えた。
「資料は若返りの秘法ですか」
運命は訊いてみた。
「そうです」
本郷寺は、宇宙計画のほうは知らないようだ。
「君は誰かね」
本郷寺は、運命のほうを見た。
「私は運命といいます」
運命はそう名乗っておいた。
本名(フォーン・サイレンス・エウテルペ)を
名乗る必要はないと思ったからだ。
「そういえば、本郷寺隊長」
マクロスは、変な質問をしてみた。
「キューティーライダーはどうしたんですか」
昨日見た、オレンジ色の髪の女性。
おそらく本郷寺と一緒にいると思っていたが、
その姿はない。
「え? ああ、別行動だよ」
本郷寺は答えた。
「そうですか」
「それでは、我々はこのへんで。明日香、行くぞ」
「待ってよ隊長。メフィストさん、サインお願いします」
「僕はサインをねだられるような人間じゃないんだけど」
「メフィストさん、ここはサインしてあげたらどうですか」
「運命君がそう言うなら」
メフィストは、差し出された手帳にサインをした。
「ありがとうございます」
明日香は、意気揚々と本郷寺と共に歩いていった。
「まさか、僕のファンとはね。大空教授の娘さんが」
「メフィストさんのファンって、たくさんいるんじゃないですか」
「運命君、僕は芸能人じゃないし」
「でも、世界科学雑誌の記事は毎回好評じゃないですか。エボリだってメフィストさんの
ファンですよ」
「身近にそういう人がいるっていうのは嬉しいね」
メフィストと運命がそんな話をしている間、
マクロスは考えていた。
大空明日香がキューティーライダーだろう。
髪の色も瞳の色も違っていたが、
背格好はそっくりだった。
「どうしたの、マクロス君」
運命に不意に声をかけられ、
マクロスは慌てて言った。
「いや、宇宙の計画を本郷寺隊長に話しておいたほうがよかったかな」
宇宙の計画は、
メフィストにとっては初耳だった。
「そうだ、メフィストさんには話しておこう」
マクロスはそう言って、
ゲルマン教授のもうひとつの計画を説明した。
それと、廃屋にゲルマン教授が隠れ住んでいたことも話した
「おそろしい計画だな。ゲルマン教授は郊外にいるかもしれないし、協力しよう」
「ありがとうございます、メフィストさん」
「感謝します」
マクロスと運命は、礼を言った。

エウテルペ城に帰り、
マクロスと運命は昼食を食べた。
そのとき、林からある情報を聞くことになった。
「大変だ」
「林君」
「運命兄さん。本当に大変なことになったんだ」
「何」
「マクロスさん。ラアラが行方不明になったとか」
「ええっ!」
マクロスと運命は、同時に声を上げた。
その声は食堂全体に響いた。
「林君、ラアラちゃんが行方不明とはどういうことなんだ」
「マクロスさん、俺も詳しいことはわかりません。今朝、学校に行くために家を出たこと
は確かなんです。しかし学校には来ていなくて、スターさんのところに連絡がいったと。
ですが、スターさんもライズさんも知らない。ライズさんが家に帰り、ラアラがいるかを
か確かめましたが、どこにもいない。家から出てきたライズさんと俺が鉢合わせになった
というわけです」
林は説明した。
「学校に行くために家を出て実際には学校に行っていないとなると・・・」
運命は、たどり着きたくない結論になると思った。
「ゲルマン教授に誘拐されたようだな」
マクロスの言葉に、林も運命もうなずいた。
「俺もそう思います、マクロスさん」
「想像したくないけど・・・」
まだ決まったわけではない。
だが、
マクロスの予感は、見事に的中してしまった。

11.手掛かり

それからしばらく経った頃、
エウテルペ探偵団のうち、
エボリ、林、運命は、
ラアラを捜すことを自主的にやっていた。
トロスとミルテも捜したかったのだが、
家庭教師を休むわけにもいかない。
ここはエボリたちに任せることにした。
城下町に出たエボリは、
そこでプリンスと風とセブンに会った。
「こんにちは、エボリさん。一体どうしたんですか」
「緊急事態でもあったのですか」
風とセブンは、エボリの様子から
何かあったことを察知したようだ。
エボリは、これまでにあったことを話した。
「ラアラが行方不明になったんですよ。マクロスさんの話だと、ゲルマン教授はあの家か
ら引き払っていたということです」
「何だって」
プリンスは、反応した。
風もセブンも、大変な事態であることを理解した。
「私も、ラアラさんを捜すのを手伝います」
「私もです。ゲルマン教授を捜しましょう。そこにラアラさんもいるかもしれません」
セブンの言うことはもっともである。
「エボリ、俺たちも協力するぜ」
「それは助かるな、プリンス。風さんとセブンさんも感謝します」
「どういたしまして」
「それでは、早速捜しましょう」
ラアラの捜索に、プリンス、風、セブンも加わった。
「そうだ、セブンさん」
「何でしょうか、エボリさん」
「ゲルマン教授を捜すのならマクロスさんと合流したほうがいいですよ。今なら教会図書
館にいると思います。ゲルマン教授のことはマクロスさんと魔王さんに任せてあるので」
「わかりました」
エボリに教えられたので、
セブンは教会図書館に向かうことにした。

その頃、教会図書館。
「厄介なことになったちんね」
ヴィヴァルディ竹原博士が
カウンターの近くにある席に座り、
そんなことを言っていた。
今回の事件については、
竹原博士もマクロスたちから聞かされていた。
ゲルマン教授が関わっているのだから、
竹原博士にとっても聞き捨てならないことだった。
向かい側に、マクロスは座っていた。
「そうですよ。大空教授の娘さんは、もう事件が解決したと思っているようですが」
「マクロス君は、大空教授の娘さんに会ったちん」
「はい。とある組織の隊長だという本郷寺と一緒にいましたよ」
「ああ、ゲルマン教授の野望を打ち砕こうとしている組織の人だちん」
竹原博士は、本郷寺のことを知っているようだ。
「ご存知なんですか」
「知っているちん。数年前に行方をくらまして人体実験を行っているゲルマン教授を止め
るための組織が結成され、そのメンバーに本郷寺が入っているちん」
マクロスが得体の知れないと思っている組織は、
科学界では認知されている組織である。
「マクロス君は、これからどうするちん」
「ゲルマン教授を捜しますよ。ラアラちゃんがゲルマン教授と一緒にいるかもしれない」
「それはいい考えだちん。で、マクロス君はゲルマン教授の顔を知っているちん」
マクロスは、はっとした。
そういえば、俺はあの夜、
ゲルマン教授が出てくる前に
隠れ家から移動したんだ。
顔を知っているのはエボリ君だけか。
エボリ君と一緒に行動するべきだったかな・・・。
マクロスは、少しばかり後悔した。
「大丈夫だちん。いいものを貸すちん」
竹原博士は、席を外した。
しばらくして、
古い雑誌を持って戻ってきた。
あるページの人物をマクロスに示した。
「これが、数年前のゲルマン教授だちん。科学界追放令が出たときの記事だちん」
「この写真をたよりにすればいいんですね」
「そういうことだちん。もっとも今はこの写真そっくりというわけじゃないと思うちん。
だけど手がかりにはなると思うちん」
「ありがとうございます、竹原博士」
マクロスは、少しだけ希望が出てきた。
と、そのとき
「マクロス様」
魔王がやってきた。
「魔王、どうしたんだ」
「フユさんに頼んだんですよ、ラアラさんやゲルマン教授の捜索に加わりたいって」
「迷惑をかけないか」
「大丈夫よ、マクロス君」
魔王に続いて、フユが現れた。
「ラアラさんがいなくなったってことは、ゲルマン教授がこの世界を思い通りにしてしま
う前触れかもしれないわ。そんなことは考えたくもないけれど。こんな非常事態だもの。
魔王さんには、私の手伝いよりもマクロス君の手伝いをしてもらったほうがいいわ」
「ありがとうございます」
マクロスと魔王は、フユに礼を言った。
「どういたしまして。魔王さんの代わりは主人がやるから」
「聞いてないちん」
「何言っているのよ。ハジメロボットの強化より、書庫の整理をしなさい。今日は入れ替
えの日じゃないからすぐに終わるわ」
マクロスは、
フユさんのほうが力関係が上ではと思った。
ハジメロボットとは、
竹原博士が開発したロボットで、
卵型の本体に細い腕と足がついている。
ちゃんと二足歩行する。
以前、動かしたときに暴走したことがあり、
エボリたちがひどい目に遭った。
ハジメロボットの研究は、今でも続いているようだ。

マクロスと魔王は、
教会図書館を出たところでセブンに会った。
「セブンさん。どうしたんですか」
マクロスと魔王は、
セブンからエボリの話を聞かされた。
「そうそう、これが若いときのゲルマン教授です」
マクロスは、
竹原博士から借りた世界科学雑誌ページを開いて見せた。
セブンは、疑問の表情を浮かべた。
「どうしたんですか」
マクロスが訊いた。
魔王は、マクロスが開いたページを見てみた。
「マクロス様、開いているのは読者のネタ投稿ページですよ」
「は?」
マクロスは、ページに目をやった。
タイトルに、
やってほしい企画なんでも十番勝負とあった。
マクベス・ダナエ対メフィスト・カカオマス
などという企画を提案している読者までいる。
「あー、すみませんねセブンさん」
「いいですよ、けっこう面白いし」
セブンはそう言って、あるネタに目をやった。
そこには、こんなことが書かれていた。

あったら便利な研究施設
すべてが地下にある研究施設。
研究スペースや生活スペースはもちろんのこと
自給自足できる設備までもが地下にある
この研究施設にいる人間は、一歩も外に出なくていい
実験や研究のため
買い出しに行くのが面倒だという人におすすめ

このとき、セブンの脳裏に可能性がひらめいた。
「マクロスさん、魔王さん、もしかしたら・・・」

「本当なの、宇宙計画って」
エリスが、不安げに話しかけていた。
「僕だって信じられないんだ。だけど星士の力を使うっていうんだから、不可能なことで
はないかもしれない」
メフィストは答えた。
この家(カカオマス家)を訪問していた
マクベスに訊いた。
「マクベスは、どれだけのことを話されたの」
「マクロスがスターダンス教授から聞いてきたことは知っている。ゲルマン教授がエウテ
ルペ城下町にいたってことも部下が捕まったことも知っている」
マクベスは答えた。
「メフィスト。もしかしたらミサイルを使うときが来るかもしれない」
「そうだね。使いたくはないが、ゲルマン教授の出方次第では・・・」
メフィストもマクベスもエリスも、
連日の報道で
ゲルマン教授の若返りの秘法の研究は
打ち止めになるだろうと思っていた。
資料が警察に押収されたからである。
「ねえ、宇宙計画って具体的に何が起こるの」
エリスが訊いた。
「そうだな。僕も詳しいことはよくわからないけど、占星術の強化版だと思う」
メフィストは言った。
「それじゃあ、本当に隕石が降ってくるとか」
エリスは、考えたくないことを言った。
「たぶん。隕石の規模はどれだけかはわからない。だけど隕石のせいでこの星のどこかの
国が壊滅するかもしれない」
「ミサイルが、どこまで通用するかだな」
マクベスが言った。
メフィストが作っているミサイルは、
防衛用のミサイルだ。
郊外の地下格納スペースに収められている。
「ゲルマン教授を、星士の力を使う前に捕まえればミサイルを使わなくて済む」
「そうだな、メフィスト。俺もマクロスに協力するって言ってあるんだ」
「だからここへ来たんじゃなかったの、マクベス」
「そうだが、メフィストとエリスにも話して・・・」
マクベスがこう言いかけたとき、
玄関のチャイムが鳴った。
現在、このエウテルペにおいて
チャイムを実装している家は少ない。
ほとんどがドアノッカーである。
「はーい」
エリスが玄関まで出た。
「どちら様でしょうか」
エリスにとっては、見知らぬ人物だった。
銀色の髪の人物が言った
「私は本郷寺。こちらは大空明日香。メフィスト・カカオマスさんはいますか」
名前だけは、メフィストから聞いていた。
「今朝、メフィストが会ったという方たちですね。どうぞ」
エリスは、二人をリビングに通した。
「お邪魔します」
「あ、さっきの」
「こんにちは、メフィストさん」
本郷寺はかしこまっていたが、
明日香はなんだか嬉しそうだ。
「あの、こちらは」
本郷寺は、マクベスを指して訊いた。
「マクベス・ダナエです」
マクベスは名乗った。
「え、ダナエの王様」
「王様が、どうして」
本郷寺も明日香も戸惑っている。
「あー、かしこまらなくてもいいですよ。俺は堅苦しいことは苦手なので。俺がここにい
るのは友人の家に遊びに来たってことで」
マクベスは、そう言って片付けておいた。
「ところで、どういうご用件で」
メフィストは、それが気になった。
「先ほど、運命と名乗る青年に会いまして。なんでも行方不明の人を捜しているとのこと
でした。ゲルマン教授に誘拐されたのではないかという話をしていたので、メフィストさ
んなら詳しい事情を知っているのではないかと思いました」
「運命さんは何やら忙しそうだったので、お引き止めするわけにもいかなかったのです」
本郷寺の説明の後、明日香が補足した。
「本郷寺さんは、ゲルマン教授を追っているんですよね。だったら、この話をしてもいい
でしょう」
メフィストは、
これまでのこと、
そして宇宙計画のことを話し始めた。

マクロスは言った。
「なるほど、ここなら可能性はありますね」
エウテルペ城下町郊外は草原地帯にある
地下施設への入り口である。
投稿ネタのように、
自給自足できるようになっているかはわからない。
身を潜めるにはいい場所である。
物品を隠すことに使われてきた場所でもある。
マクロスがここに来るのは二度目だが、
セブンと魔王は初めてだった。
セブンは
この場所の話を風から聞いていたので、
ネタを見たときに、
この場所の可能性を思ったのだ。
「よし、行こう」
マクロスが地下施設へ入ろうとしたときだった。
「待ってください」
なんと、加奈が現れた。
「加奈ちゃん、なぜここに」
「今日は学校が早く終わる日でしたからね。お三方の姿が見えたので、慌てて追ってきた
んですよ」
「なんだか、加奈に見つかることが多いな・・・」
加奈は、こちらの行動を察知して合流してくる。
この嗅覚?も、
盗賊としての素質なのだろう。
「加奈さん、一緒に行くんですね」
魔王が訊いた。
「もちろんですよ」
加奈は即答した。
「マクロスさん、行きましょうか」
「そうですね」
セブンに促され、
マクロスは地下施設への階段へ足を踏み入れた。

アケローンの丘までやってきた風は、
丘の頂上に誰かいるのを見つけた。
「ラアラさん」
金髪に、茶色い瞳をした少女がいた。
「どうして、こんなところに。スターダンス教授もライズさんも心配していたよ」
風は、異変に気がついた。
どこか、様子がおかしい。
目つきが、ラアラ・スターダンスではない。
「ラアラさん・・・」
風は、一歩後ろに下がった。
ラアラは、それを見て、にやりと笑った。

12.教授の逆襲

何かが中を飛んでいる。
プリンスは反応した。
彼と共に行動していたエボリも呼応した。
「人が、空を飛んでいる!」
道行く人々も、どよめいている。
アケローンの丘の真上あたりに、
浮いている人がいる。
遠目からわかることは、
一人は女学生で、
もう一人は背中に透明な羽が生えているということ。
「なあ、エボリ。片方は風だと思うんだが、もう片方は」
「ラアラ」
「だな」
プリンスとエボリは、すぐに駆け出した。

「ラアラさん、一体どうしたというのですか」
風は、動揺しながら訊いた。
彼の背中には、透明な羽が生えている。
後ろ髪は肩まで伸びている。
エルフとしての力を覚醒させたのだ。
そうでもしなければ、
とまともに対峙できないと考えたからである。
ラアラは、風を見て数秒後に空中に浮き上がった。
それも、自らの力を使ったかのように。
星士が空を飛べるという話は聞いたことがない。
なので風は、これはラアラの力ではなく
別の力だと考えていた。
おそらく、ゲルマン教授ではないか。
ラアラは、風の質問には答えなかった。
その代わりに、右腕を挙げた。
そして、風に向かって振り下ろした。
ヒュン、という音がした。
一瞬、光の筋が見えた。
風は、左腕にわずかな痛みを覚えた。
何事かと思い、そこを見る。
血がにじんでいた。
風は、すぐにラアラを見た。
彼女は、またにやりと笑った。
「ラアラさん」
風の呼びかけに、ラアラは全く応えない。
ラアラは、再び右腕を挙げた。
そして、詠唱を始めた。
「この詠唱は・・・」
風は、その意味に気づいた。
次の瞬間、空が暗くなった。
「どうだ、これで誰もが私に従うだろう」
どこからともなく聞こえた声に、運命ははっとした。
彼は、風より一足遅れてアケローンの丘にやってきた。
そのときには、風とラアラは空中にいた。
運命は、声が聞こえた方向を見た。
そこには、いつの間にやら
数人の黒ずくめの男たちを従えた老人がいた。
それが誰なのか、運命にはすぐにわかった。
「うわあ」
上空で叫び声が上がった。
運命は空を見た。
風が、ラアラの攻撃を食らっている。
星士の技・占星術だ。
運命は、風を助けに行きたかったが
どうすることもできなかった。
再び、空が明るくなった。
運命は、老人のほうを向いた。
「どうかね。私の研究は」
「何が研究だ」
老人の言葉に対し、運命は吐き捨てるように叫んだ。
「こんなことをして、一体何になるっていうんだ」
「青年よ。私は、世界を統一するためにやっているんだ」
「貴様がやろうとしているのは、力でねじ伏せることだ。俺は絶対に許さない」
「君は、私に何か言える立場ではないだろう。 凡人の君に」
運命は、老人の言葉をさえぎるように名乗った。
「フォーン・サイレンス・エウテルペだ」
「なに。エウテルペだと」
この名乗りに、老人は驚いた。
老人のそばにいた男たちも、
その名乗りに顔色を変えた。
青年は、エウテルペ王国の王族だ。
老人のほうこそ、言えるような立場ではない。
これで立場は逆転した。
「ゲルマン教授。お前が科学界を追放された落ちこぼれなのはよく知っている。そして、
宇宙計画を企てていることもな。自分だけではどうにもできないから、ラアラを人質にと
ってスターやライズを従がわせる。お前はそう考えた。だがな、お前は致命的なミスを犯
した。それは、お前の目論みがマクベス・ダナエ王の逆鱗にふれてしまったこと。お前が
自由に行動できるのも、あとわずかだ。お前の研究資料はすべて押収された。お前の仲間
も捕まった。そろそろ年貢の納めどきだな」
運命は、ここで時間稼ぎをして
誰かの到着を待つのがいいと思った。
こちらは一人で、向こうは集団だ。
一人で戦って勝てる保障はない。
そのとき、いいタイミングで
「運命兄さーん」
「林君」
林が現れた。
風とラアラの姿を見て、慌てて駆けつけてきた。
さらには、竹原博士とフユの姿もある。
「竹原博士にフユさんも」
「運命君、無事だったちん」
「俺は大丈夫。風さんとラアラさんのほうが危ないです」
「確かに、心配ね」
フユは、空を見上げて言った。
「ところで、どうして竹原博士とフユさんが」
「窓からこっちのほうを見たら、人が空に浮いていたちん。だからフユと来たちん」
何事かと思い、来たのだ。
途中で林と合流した。
「ところで、この人たちは」
林の言葉に、竹原博士が言った。
「間違いないちん。ゲルマン教授だちん」
「やはり・・・ヴィヴァルディ竹原だったか」
ゲルマン教授は、苦々しげに言った。
「貴様は、私の邪魔ばかりしている」
「僕は、教授の研究を世に広めたら、それこそ秩序が乱れると考えているちん。他の人も
そうだちん。人体実験でどれだけの人の人生をだめにしているちん。教授はそれがわから
ないのかちん」
竹原博士は、激しい口調で言った。
「貴様は、私の才能を理解できない・・・哀しいことだ」
「ゲルマンさん、あなたについていく人がいると思っているの」
「フユさんの言うとおりだ。お前は力でねじ伏せる世界を作ろうとしているだけだろう。
そんな世界に誰がついていくんだ。いい加減に反省しろよ」
フユと林も、ゲルマン教授を叱りつけた。
「くだらん! お前ら、この者どもを倒せ」
ゲルマン教授が、男たちに命じた。
「やれやれ、結局は戦うことになるのかよ・・・林君、行こうか」
「はい。竹原博士とフユさんは下がっていてください」
「わかっているちん。もしものことがあったら僕も参加するちん」

外が騒がしい。
メフィストは席を立った。
家の外に出てみた。
近所の人々が、ある方向を見ている。
「あの、何かあったんですか」
向かい側の家の庭にいる人に訊いてみた。
「メフィストさん、アケローンの丘の方向を見てみてくださいよ」
そう言われたので、メフィストは従った。
メフィストは、慌てて家の中に駆け込んだ。
「た、大変だ」
「どうしたんだよ」
マクベスの問いに、メフィストは答えた。
「アケローンの丘の上で浮いている人がいる」
「は?」
「小さくてよくわからないが」
「ほらよ」
マクベスは、手持ちのバッグからオペラグラスを出した。
メフィストは、
オペラグラスを受け取るとまた外に出た。
「!」
また、家の中に駆け込んだ。
「誰なんだ」
マクベスが訊いた。
「風さんとラアラちゃんだ。しかも、戦っているみたいだ」
メフィストのこの言葉に、本郷寺が反応した。
「ラアラというと、星士の末裔。まさかゲルマン教授が」
「隊長、行きましょう」
「明日香、君は準備があるだろう」
「もちろんよ。準備が終わったら行くわ。隊長は先に行って」
「メフィストさん、エリスさん、お邪魔しました」
「ありがとうございました」
本郷寺と明日香は、すぐに去っていった。
「ねえ、メフィスト。私たちも行きましょうよ」
「そうだぜ、俺たちも行こう」
「うん、そうだね」
メフィストたちも、
アケローンの丘に向かうことになった。
カカオマス家を出たところで、
マクベスは、近所の人に呼び止められた。
「はい、何でしょう」
「マクロス君が、草原地帯へ行くのを見ましたよ」
マクベスは、草原地帯のほうが気になってきた。
「いいよ、マクベス。行きたかったら行けば」
「私たちは、先に行っているわね」
というわけで、
マクベスだけ草原地帯に向かった。

マクロスは、周囲を見回して言った。
「これで全部か」
「そうみたいです、マクロス様」
魔王は、資料が入ったダンボール箱を抱えて言った。
ここには、誰もいなかった。
その代わり、宇宙計画の資料がたくさんあった。
マクロス、魔王、加奈、セブンは、
資料を残らず探し出すことにした。
そして、その作業が終わった。
「これ、何ですか」
加奈は、部屋の片隅の装置を見て訊いた。
人間がひとり入れるくらいの透明な筒に、
妙な液体が満たされている。
「セブンさん、わかりますか」
マクロスが訊いた。
こういった調査は、セブンに頼むのが一番である。
「強い催眠効果があるみたいですね。また、装置に入った人の能力を強化・覚醒すること
ができるようです」
セブンは答えた。探知の結果である。
「なるほど。さて、これをどうするかだな」
マクロスの言葉に、魔王が口を出した。
「しばらくは残しておくほうがいいかと存じます。この筒を壊してしまったほうが、もう
誰も使えなくなるから安全ではありますが、物的証拠がなくなってしまいます。処分は、
専門家に行ってもらったほうがいいでしょう」
「私も、魔王さんの考えに賛成です。それに、ここにはラアラさんがいたみたいです」
加奈は、床から、1本の髪の毛をつまみ上げた。
金髪である。
魔王は、最悪の事態を頭に浮かべた。
「急ぎましょう」
加奈が促した。
マクロスは、
筒の隣にあるテーブルに
銃が置いてあることに気づいた。
見たことがない銃である。
安全装置がかかっている。
マクロスは、銃の弾丸を調べた。
1発だけ入っている。
この弾丸は、ただの弾丸ではないようだ。
「マクロスさん、行きますよ」
セブンの声に、マクロスははっとした。
「ああ」
マクロスは、その銃を持って立ち去った。

地上から出たときに、
真っ先に目にした人物。
それは、マクベス・ダナエだった。
「何やってたんだ、ここで」
四人が地下から出てすぐ、マクベスに訊かれた。
「資料の押収だよ」
マクロスは答えた。
「宇宙計画の裏づけもできます」
加奈が続けて言った。
「それはよかった。だけど、まだ終わりじゃないんだよ」
マクベスの言葉に、
四人はやはりと思った。
「もう一幕あるということですね」
魔王の言葉に、マクベスはうなずいた。
セブンが、ある反応をキャッチした。
「上空に生体反応。鳥や虫ではありません。アケローンの丘の方角。かなり強い生体反応
です」
セブンは、風の生体反応をつかんだようだ。
「もうひとつ。何やら邪悪な雰囲気ですが」
セブンは、もしかしたらと思った。
「その通りです、セブンさん。ラアラちゃんですよ」
マクベスが答えた。
「すぐにアケローンの丘へ急ぎましょう」
「おい、待てマクロス」
マクロスを、マクベスが呼び止めた。
「何だよ」
「お前、その銃をどこで見つけたんだ」

アケローンの丘は大騒ぎとなっていた。
林と運命の他、
エボリとプリンスと本郷寺が加わり、
さらにメフィストとエリスも加わったのだ。
エリスは戦わずに、
竹原博士とフユのもとへ行った。
「キューティーライダー、参上」
キューティーライダーも現れた。
「ゲルマン教授、とうとう追い詰めたわ。観念なさい」
「待て、小娘」
ゲルマン教授の側は、圧倒的に不利になった。
彼の部下たちは、
エボリたちの手により縛られている。
「私が身動きできなくなったら、あの星士の娘はどうなる」
「くっ」
キューティーライダーは、唇をかみ締めた。
プリンスは、不安そうに上空を見上げた。
戦いは続いている。
時々空が暗くなる。
風は、占星術を受け続けているのだ。
「しかし、エルフまで現れるとは。まだ、私は研究を中断するわけにはいかないな」
「ふざけるな、ゲルマン教授。もう、お前に研究はさせない!」
本郷寺が言った。
「何とでも言うがよい。お前らの言うことには・・・」
ここで、ゲルマン教授は目を見開いた。
いつの間にか、後ろから剣が回され
自分の首に当てられていた。
「それまでだ、ゲルマン教授」
その声の主は、マクベスだった。
「遅くなっちまったな、メフィスト」
光の筋が1本、
ラアラめがけて飛んでいった。
そして、ラアラの左胸を貫いた!
誰もが、その光景に釘付けになった。
ラアラの攻撃を受け続け、
風の身体はもうボロボロだった。
それでも、風は決してあきらめなかった。
光がラアラの左胸を貫いたあと、
ラアラの表情がもとに戻ったことも
風にはよくわかった。
「風さん・・・」
「よかった。正気に戻ったのですね」
風は、すぐにラアラのそばまで飛んだ。
本来、ラアラは空を飛べない。
すぐに、風はラアラを抱きかかえた。
「風さん、私は風さんにひどいことを・・・」
「ラアラさんは悪くないですよ」
風は、心からラアラにそう言っていた。
「な、なぜだ」
ゲルマン教授は狼狽している。
「この銃のことか」
マクロスが現れた。
「この銃は、精神を元に戻す力が込められた弾丸を撃つための銃ですね」
続いて現れたセブンが言った。
「助かった。これがなかったら大苦戦でしたね」
その次に現れた加奈が言った。
「宇宙計画の資料は回収しましたよ」
最後に現れた魔王が言った。
「というわけだ。本当に観念するんだな、ゲルマン教授」
マクベスが言った。
「うう」
ゲルマン教授は、もう何も言えなかった。
見事に野望が打ち砕かれたのだ。
こうして、国の危機は回避できた。
ゲルマン教授に関する事件は、
いろいろな人々の協力があり、解決したのである。

おわりに
「一体、お前は何者だ」
「怪盗MRDだよ。教授」
「そうか、お前が怪盗MRDだったとは・・・」
「ほら、さっさと行け」
警察官のひとりに促され、
ゲルマン教授はしぶしぶと歩き出した。
「あーあ、タマを全部使っちまったよ」
林が、自分のパイプ銃を見て言った。
「エボリ、お前はどうだったんだ」
「俺の弾丸は、まだ少しだけ残っている」
「やっぱり、後から来るとそういう結果になるのか」
「俺が弓矢を持っていたら、ミスター林の弾丸は尽きずに済んだかもな」
エボリと林の会話に、プリンスが割り込んだ。
あの戦いは、エボリと林は銃で
プリンスは剣で応戦した。
「だけど、林君がすぐに来てくれて助かったよ」
運命は正直に言っていた。
「何はともあれ、全員無事でよかったちん」
「本当にそうよ。誰も犠牲にならなくてよかったわ」
竹原博士とフユも言った。
「ところで、キューティーライダー」
プリンスは、キューティーライダーに話しかけた。
「な、何よ」
「お前、何しに来たんだ」
「えっ」
キューティーライダーは焦った。
「格好よく名乗ったはいいが、何もしなかったよな」
運命が痛いところを指摘する。
「キューティーライダーは、私を助けに来たんだ」
本郷寺が言った。
「そういう本郷寺隊長は、何かしましたっけ」
メフィストが訊いた。
「そ、それは」
本郷寺はしどろもどろになった。
メフィストが突っ込んだ。
「あれ、僕、キューティーライダーさんに名前を教えたかな」
「マクベスさんが、メフィストさんのことを呼んだでしょう。だからわかったんです」
「ところで、大空明日香さんはどこ」
今度は、マクベスが突っ込んだ。
「え、明日香はですね・・・」
本郷寺は、何やらごまかそうとしている。
「あ、トロス君とミルテちゃん」
加奈が、こちらに歩いてくる人の名を呼んだ。
「それに、スターダンス教授とライズさんも」
セブンは、トロスとミルテの後ろにいる人に目をとめた。
「加奈ちゃん。ラアラさんは」
ミルテが訊いた。
「ええ、無事よ」
加奈は答えた。
トロスとミルテも、
今回の戦いを見ていたようだ。
戦いが始まった頃には、
授業が終わっていた。
「それじゃあ、風さんは」
トロスが心配そうに訊いた。
「私なら大丈夫ですよ」
本人が答えた。
風は、しっかりとこちらに歩いてきた。
髪の長さは元に戻り、背中の羽は消えていた。
「風さん、無事だったんですね」
「よかった。ラアラさんも無事で本当によかったわ」
トロスとミルテは、安堵の表情を浮かべた。
「風は、いつの間に」
セブンが疑問の声を上げる。
「私がこっそり回復してあげたんです」
エリスがセブンのそばにきて説明した。
戦いで、風は自分の魔法力を完全に使い切ってしまい
傷を回復することができなくなっていた。
エリスに、回復させてもらったのだ。
「ところで、ラアラは」
スターが訊いた。やはり心配そうだ。
「あちらに」
魔王が指差した。
ライズが、ラアラのもとへ駆け寄った。
「お父さん」
ラアラは、今までこらえていたものが
抑えきれなくなったという状態になった。
「お父さんごめんなさい。。私どれだけひどいことをしたか」
ラアラは、そう言って泣いた。
「お前は悪くないだろう」
「でも、私が・・・」
「ラアラさん」
風が、ラアラに言った。
「気にしなくていいです。自分を責めるのはやめてください」
「そうだぞ、ラアラ。風の言うとおりだ」
プリンスが続けて言った。
風との付き合いが長いだけあって、
風のことをよくわかっている。
「ラアラ、お前が無事で本当によかったと思っている。もちろん、皆さんが無事で、本当
によかったと思っているんだ」
スターが歩み寄り、そう話した。
「俺もそうだ。みんな無事で本当によかった」
ライズも言った。
「うん」
ラアラは納得したようだ。
「ゲルマン教授は本当に許せん。あのような少女を、こんな目に遭わせるとは」
本郷寺が言った。
「これで、科学界追放は確実だろうな」
エボリが言った。
「永遠に刑務所から出られないんじゃないかと思う」
運命が言った。
「キューティーライダー、これからどうするんだ」
林が、ちょっと訊いてみた。
「私? そうね。もうしばらくこのエウテルペにいるわ。ね、隊長」
「ええ」
どうやら本郷寺は、
事件が解決したら、
エウテルペから帰る予定でいたらしい。
「それはいいな。キューティーライダーが戦っているところを見てみたい」
マクベスが言った。
「本当はキューティーライダーさんと対決したい、とか」
メフィストが訊いた。
「それもあるかもな」
マクベスは、否定しなかった。
「父さん」
マクロスは、少々呆れた。
「そういえば、マクロスさん」
ミルテが言う。
「確か、マクベスさんから依頼を引き受けたっていうお話でしたよね」
「そういえばそうだった。ありがとう、ミルテちゃん」
マクロスが、ミルテに礼を言った理由を魔王は察した。
「マクロス様、もしかして」
「ものすごい額の報酬を要求するんじゃ・・・」
魔王に続いて、セブンが言った。
「風さんとラアラちゃんがひどい目に遭ったんだから気が済みませんよ、セブンさん」
「な、何を考えているんだ、マクロス」
「父さん、依頼書には、報酬は要相談って書いてあったよね」
「だから何が言いたいんだ」
「今回の事件に関わった人はものすごく多いんだよ。え~と、全部で何人だ」
「二十人だね」
運命が教えた。
「じゃ、一人100万円ってことで」
「なぜそういう方向に行くんだ、マクロス」
「エボリ兄さん、もらう気か」
「トロス、お前ももらっておけよ」
「僕にも100万円くれるんだ、わーい」
「メフィストったら、もうその気になっているのね」
「どうするんですか、マクベス様」
「どうするって言ってもな、魔王。おいマクロス」
「ダメだよ、父さん。みんなその気になってるよ」
「僕も含まれるちん」
「あなたの代表で、私が200万円もらいます」
「ちゃっかりしてますね、フユさん」
「主人に渡したら、本当にどうなるかわからないからね、ミルテちゃん」
「本当にもらえるのかしら」
「マクロス君が言うと冗談には聞こえない響きがあるんだよね、加奈ちゃん」
「運命君も言ってることだし、みんなに払ってよ父さん」
「だから、なぜそんな方向に行くんだ」
マクベスは思いっきり叫んだ。
みんな笑った。
ラアラにも笑顔が戻っている。
それを見て、
マクロスはこれで本当に今回の事件が解決したと思った。
夕暮れのアケローンの丘。
夕焼けが、とても綺麗だった。
まるで、今回の事件の終了をたたえているようだった。

0 件のコメント:

コメントを投稿