2017年4月9日日曜日

偉大なる僧侶の謎

はじめに
エウテルペ大学工学部の教授室ー
今は夏休みだが、
秋にある研究発表会の準備のため
学校に来ている学生も少なくない。
そんな中で・・・。
「スターダンス教授、研究発表の準備はどうなっていますか」
学生の一人が、
地質学教授のスター・スターダンスに訊いた。
「それは、そちら次第だろう。俺の研究発表じゃなく、学生たちの研究発表なんだから」
茶色い髪に漆黒の瞳のスターは、
そう言って学生を戒めた。
「で、どうなんだ。間に合いそうなのか」
「ええ、僕はなんとか」
「それはよかった。研究発表会は、卒業研究の中間報告会でもあるからな」
「はい。卒業生たちから聞いています」
「まあ、俺の研究室では、こまめに実験結果や観察記録をとっていけば、冬にものすごく
忙しくなるということはないがな」
「おい、まさかとは思うが、他の人は全然手をつけてないとか言うんじゃないだろうな」
「約1名、そういう奴がいます」
「やっぱり。じゃあ言っておいてくれ。お前が泣いても、俺は許さないって」
「わかりました、教授」
学生はそう言うと、研究室を後にした。
研究室の奥から、一人の青年が出てきた。
金髪に漆黒の瞳。
その顔つきはスターによく似ていた。
「ライズ。用具の整理は終わったか」
「ああ、終わったよ、父さん」
スターの問いに対し、青年は答えた。
青年の名はライジン・スターダンス。
普段は「ライズ」と呼ばれている。
スターの息子だ。
だが、この二人は親子という感じはしなかった。
実は、彼らは人間ではない。
外見は人間そっくりだが、
彼らは「星士」という種族だった。
星の力を生命の糧として生きている。
スターもライズも、実年齢よりずっと若く見える。
「ところで、研究発表にみんな間に合いそうなのか」
「間に合ってくれなきゃ困る。間に合わないと嘆いても、俺は何もしないが」
「父さん、去年もそんなこと言ってたよね。そして、俺が手伝わされた」
「あー、そういえばそうだったな」
スターは、ある人に目をとめた。
「聖斗助教授じゃないか」
「ほら、校内に入ってくるぞ」
スターの指摘に、ライズも窓の外を見る。
銀髪の聖斗は、
エウテルペ大学医学部に所属している。
「何の用だろう」
ライズが言った。
「もう昼時だし、誰かに食事に誘われたんじゃないのか」
スターが推測した。
ライズが、こんなことを訊いた。
「聖斗助教授って、いつから医学部にいるんだっけ」
「そういえば、いつからだろう?」
スターも、それを思い出せなかった。
誰も、聖斗助教授が
いつから医学部に在籍しているかわからない。
(何か不思議な雰囲気がある・・・)
スターはそう感じた。

1.国語の勉強

今日も晴れていた。
エウテルペ城下町は、今日も賑わっている。
どこかへ遊びに行く途中の子供たち。
店先に並ぶ品物をじっくり見る人。
暑いからどこかで休もうとしている若者たち。
いろいろな人がいる。
そんな中で、
何やらおろおろしている男がいる。
薄い黄緑の髪に、細い目。
腰には短剣がある。
街行く人に声をかけるが、
うまく言葉が話せず、
話し掛けられた人も戸惑う。
その様子を目に留めた青年がいた。
首の途中まで伸ばした金髪に紅い瞳。
彼こそ、このエウテルペの北に隣接する
ダナエ王国の王族のマクロス・ダナエだ。
あの人、チュルホロ語圏の人かな。
マクロスは、
あの男が発する言葉に
チュルホロ語特有の訛りがあることに気づいた。
このエウテルペやダナエ、
南に隣接するアマンダ王国の母国語は
エウテルペ語である。
チュルホロ語は、
はるか西の大陸の国々で使用されている。
マクロスは、
主要な国の言葉をしゃべることができた。
「あの、何かお困りでしょうか」
マクロスは、チュルホロ語で話し掛けた。
男は、ほっとした表情を浮かべた。
「た、助かります」
「チュルホロ語圏の人だったんですね。この国では、一般の人はチュルホロ語を知ってい
る人がいませんからね」
「実は、この人を捜しているんです」
男はそう言うと、1枚の写真を出した。
写真に写っていたのは、
エメラルドグリーンの髪に水色の瞳、
高貴な顔立ちの人物だった。
左目の下には傷痕がある。
マクロスは、この人物をよく知っていた。
「この人なら、これから俺が行く場所にいるかもしれません。一緒に来ますか」
「ありがとうございます」
男は、マクロスと一緒に行く事にした。

マクロスが行こうとしていた場所は、
盗賊ギルドだった。
ダナエでは、盗賊が容認されていない。
マクロスは、エウテルペの盗賊協会に所属して
盗賊として活動している。
「着きました。盗賊ギルドです」
マクロスはそう言って、男を中に入れた。
「こんにちは」
「こんにちは、マクロス様」
ギルドのカウンターにいた人物が挨拶を返した。
紫の髪のこの人物は、
盗賊協会の役員のチェックメイトである。
「ところで、そちらの方は」
「実は・・・」
「よお、マクロス」
プリンスが、マクロスに声をかけてきた。
マクロスは、いいタイミングだと思った。
プリンスが、写真の人物だった。
男の姿を見て、チュルホロ語でこう言った。
「風(かぜ)、なんでこんなところにいるんだ」
「若、捜しましたよ」
「俺は家出したんだ。お前が捜す必要なんかないだろう」
「国民は、若がいなくなったので大騒ぎです。さあ、帰りましょう」
「いやだ。俺はエウテルペ盗賊協会所属の怪盗プリンスだ」
プリンスは、ジスロフ帝国の王子。
西にある大陸の中で、最も大きな国である。
現在の王は、暴君で有名だ。
『そう「困ります。どうかお戻りください」
「絶対に帰らない。お前一人で帰れ」
「あの、チェックメイトさん」
「マクロス様。お二人の会話はだいたいわかります・・・」
「チェックメイトさんは、大学でチュルホロ語を習ったんですよね」
「はい。マクロス様のようにはうまく話せません」
「あの黄緑の髪の人は、風という名前のようですね。プリンスのことを若って呼んでいる
から、どうやらプリンスの部下みたいです」
マクロスはチェックメイトに説明した。
「若がそう言うなら、私も付き合います。若が飽きるまで付き合いますよ」
「何を言ってるんだ。俺が盗賊に飽きるとでも思っているのか」
「おい、マクロス」
プリンスは、突然マクロスに言った。
エウテルペ語である。
「風をなんとか説得してくれ。俺を連れ戻しに来たらしい」
マクロスは、風に言った。
チュルホロ語である。
「風さん、俺はマクロスです」
「私は風と申します」
「盗賊はガキの遊びではありません。今日のところは引き下がってください」
「そうだぞ。マクロスの言うとおりだ」
プリンスが横から口を出した。
「わかりました。ただし、条件があります」
風は、何か考えついたようだ。
「私も盗賊になります。それでいいでしょう」
「え」
マクロスもチェックメイトも驚いた。
プリンスがいちばん驚いた。
「風、本気なのか」
プリンスが訊いた。
「本気ですよ」
風は答えた。
「本当に本気だろうな」
プリンスが念を押す。
「ええ、本気です」
風の考えは、変わらないようだ。
「お前はエウテルペ語をちゃんと話せるんだろうな。チュルホロ語なんか通用しないぞ」
「・・・」
風は、固まった。
チェックメイトは、これから大変だと思った。

長く美しい黒髪に茶色の瞳を持つ少女が、
ギルドを訪れた。
額にはゴーグルがあしらわれている。
「こんにちは、加奈様」
チェックメイトが挨拶した。
この少女の名は加奈。
エウテルペ城下町に住む盗賊だ。
小学生だが、盗賊としての腕前は超一流だ。
「夏休みの宿題は、進んでいますか」
チェックメイトの問いに、加奈は明るく答えた。
「あと少しで終わりますよ」
「そうですか。それはよかった」
そこへ、マクロスがやってきた。
奥にある休憩室(兼酒場)にいたのだ。
「加奈ちゃん」
「マクロスさん。今日は訓練だったんですか?」
「そのつもりだったんだけど」
マクロスのこの言葉で、
加奈は、何か事情があると感じた。
「実は、プリンス様を迎えに来られた方がいるんですよ」
チェックメイトが、説明する。
「どういうことですか」
「プリンス様は、ジスロフ帝国の王子様だったのです。プリンス様が家出して、国が混乱
しているから、プリンス様の部下が連れ戻しに来たんです。プリンス様は帰ろうとしませ
ん。部下の方も盗賊になると言い出したのですが」
チェックメイトの説明に引き続き、
マクロスが言う。
「部下は風っていうんだけど、エウテルペ語が全くと言っていいほど話せないんだ」
「それは苦労しますよ」
加奈は、前途多難だと思った。
「プリンスさんは、ジスロフ帝国の王子様だったんですか。あの暴君に嫌気がさして逃げ
出してきたなんて」
「あはは、プリンスがエウテルペに来た理由は想像がつく。エウテルペはこの世界で最も
強大な国だ。ダナエやアマンダとの友好関係もある。軍事や武力ではダナエと並ぶジスロ
フ帝国でも一目置く存在。だから、プリンスはこの国に来たんだ」
マクロスが、笑って言った。
「エウテルペに手出しすれば、ダナエが必ず動く。戦争になれば両国に大きな被害が出る
。だからそう簡単には手が出せないということですね」
「その通りだ、チェックメイトさん」
「エウテルペを敵に回すなんて、馬鹿げた考えですよね」
加奈は、つくづくそう思った。
風は、プリンスがわがままを言っても
この国なら付き合うことができると考えた。
「で、風さんの上達はどうなんですか」
加奈は、訊いた。
「うん、覚えは早いよ。1ヶ月くらいで、こっちの言葉は話せるようになるだろう」
マクロスが答えた。
「プリンス様は、エウテルペ語を完璧に話していましたよね」
チェックメイトの指摘に、
マクロスも加奈もうなずいた。
「幼少のころから、エウテルペ語を勉強していたんじゃないのか」
マクロスの言葉に続いて、加奈が言った。
「私もそう思います。プリンスさんのエウテルペ語は全く訛りがないし」
「ふー」
プリンスと風が、酒場から出てきた。
「マクロス。逃げるんじゃねえ」
「逃げてなんかいない。風さんは覚えが早いから、俺がいなくてもいいと思ったんだ」
「おい、風。エウテルペ語でここにいる人たちに自己紹介してみろ」
プリンスは、風にチュルホロ語で指示した。
「はい」
風は、片言のエウテルペ語で話し始めた。
「私は風といいます。若の付き人しております。どうかよろしくお願いします」
「すごい、風さん」
加奈が、拍手した。
風は、ぺこりとお辞儀をした。
「若、こちらの方々は」
チェックメイトが、風に声をかけた。
チュルホロ語である。
「私は、盗賊協会の役員をしているチェックメイトと申します。盗賊になられるのなら、
ぜひとも会長にお会いしてください。お待ちしております」
「チェックメイトさんですね。若がいつもお世話になっております」
風は、チェックメイトに挨拶した。
加奈は、チュルホロ語がわからない。
「加奈、風に自己紹介してくれ」
「はい」
加奈はプリンスに返事をしてから、
ゆっくりと風に言った。
「風さん、はじめまして。私は加奈です。盗賊協会に所属しています。どうぞよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
風は、エウテルペ語で答えた。
プリンスは、風に訊いた。
「お前、マクロスに失礼をしていないだろうな」
「は、何ですか」
風はきょとんとした。
「お前、世界地理は詳しいよな」
「自分で言うのもなんですが、詳しい方かと」
「よし。この国の名前は」
「エウテルペですね」
「そうだ。エウテルペの北に隣接する小国の名前は」
「ダナエです」
「マクロスのフルネームは、マクロス・ダナエっていうんだ。これでわかったな」
「ええっ」
風は、本気でびびったようだ。
マクロスは、ため息をついた。
国名が名字になっている人物は、王族の証しである。
「プリンス、今日はこのくらいにしておこう。いきなり詰め込むのはよくない」
マクロスが言う。
「風、今日はここまでだ」
「はい」
プリンスの言葉に、風は心底ほっとしたようだ。
「なんだか、大変そうですね」
加奈は、風の様子を見て言った。
こうして、はるかなる旅人は
エウテルペに住む事になったのである。

2.盗みの依頼

風は、国外の者が城に入れたことに驚いた。
「エウテルペ城は、一般庶民にも開放されているんだよ。国外の者でも関係ない」
プリンスが、教えた。
「そうでしたか」
風は、感心しているようだ。
「マクロス様」
廊下の向こう側から、紫の髪の男性がやってきた。
額には星型の刺青がある。
彼は、マクロスの付き人の聖戦士・魔王だ。
「お帰りなさいませ」
「オクタビアン様は」
「本日2時30分より会議ではありませんか」
魔王の言葉に、
マクロスは、
風とオクタビアンを会わせるつもりだった。
「こんちは、魔王さん」
「プリンスさん、こんにちは」
プリンスが、魔王に挨拶した。
「マクロスは、会議のことを知らなかったのか」
「昨日お知らせしたはずです」
「すっかり忘れてたんだよ。まだ3時か。今来ても意味がなかった」
「ところで、そちらの方は」
魔王が、風に気づいて訊いた。
「プリンスの付き人の風さんだよ。プリンスを追ってエウテルペまでやってきたんだ」
マクロスが、説明した。
会議が終わるまで、マクロスと魔王は
プリンスと風にエウテルペ城を案内した。
大広間の前で、エウテルペ王国第二王子の
エボリ・ウイング・エウテルペに会った。
藍色のうねった感じの髪に、緑色の瞳。
腰には、パイプ銃が下げられている。
「お帰りなさい、マクロスさん」
「ただいま、エボリ君」
「よお、エボリ・ウイング」
「ところで、そちらは」
エボリは、風を見て訊いた。
「プリンスさんの付き人の風さんですよ、エボリ様」
魔王が説明した。
「エウテルペ王国の王子様でしたか。お会いできて光栄です。風と申します。プリンス様
の付き人をしております。どうぞよろしくお願いします」
「ところで、風さんはこれからどうするんですか」
エボリは、訊いた。
「私は、若を連れ戻しに来たのですが、若は戻らないとおっしゃるのです。こうなったら
、私も若が帰ると言うまで、ここにいるつもりです」
風は答えた。
「こっちの言葉がわからないっていうのは困るから、魔王さんにエウテルペ語を教えても
らうことになったんだ」
プリンスが、説明した。
「そうだったんですか。よかったですね、風さん」
エボリの言葉に、風はうなずいた。
「じゃ、行くか」
プリンスが、先に進む。
「では、私はこれで」
「失礼します、エボリ様」
マクロスは、魔王に先に行っていろと目で合図した。
「プリンスはジスロフ帝国の王子だってことですか」
エボリは、マクロスに訊いた。
「やっぱり、エボリ君にはわかったか」
「以前、プリンスが自分のことを少しだけ話してくれたことがあるんです。城から逃げて
きたって。チュルホロ語圏で暴君が治めている国といったらジスロフ帝国ですよね」
「それを、他の人に言う気は」
「ありませんよ。俺が話すことじゃない。マクロスさんだってそうでしょう」
「俺も話そうとは思わない。本人が話したがらないことだし」
エボリは、何か思い出した。
「そうだ。マクロスさん、ギルドに出された依頼を見ましたか」
「そういえば、今日は風さんの騒動で見なかったな」
「それじゃ、明日にでも見てくださいよ。城下町の住宅街の人が出したものですけど」
「そんな依頼があるのか。わかった。明日見てみるよ」
マクロスは、プリンスたちの後を追った。

まだ、会議は終わらなかった。
「エボリ・ウイングは会議に出席してなかったな」
プリンスが言った。
「本日の会議は、主に警備に関するものです。王族の出席者はオクタビアン様だけです。
林君は出席しています」
魔王が、説明した。
「ミスター林って、会議に出席するほど偉い奴だったのか」
プリンスは、やけに感心している。
「林君は、兵士補助係だからね。武器の開発を担当しているから兵士たちの意見を聞くの
は当然だと思うよ」
マクロスは言った。
魔王は、会議室から兵士が何人か出てくるのを見た。
「どうやら、会議が終わったみたいですね」
「風、ついてこい」
プリンスは、さっさと女王の執務室へ向かった。
「待ってくださいよ、若」
風は慌てて、プリンスの後を追った。
「どうします」
魔王は、マクロスに訊いた。
「執務室の場所はプリンスも知っているし、オクタビアン様はプリンスを知っているから
、俺たちが行かなくても問題はないと思うけど」
「そうですよね」
マクロスと魔王は、自室に引き上げることにした。
オクタビアン・ドーベル・エウテルペ女王陛下は、
執務室に戻っていた。
プリンスと風が訪ねていったとき、
すんなりと部屋に通された。
オクタビアンは、右目には黒い眼帯がある。
「ご機嫌麗しゅうございます。オクタビアン女王陛下」
プリンスがそう言って、頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました、プリンス君」
オクタビアンは、優しく言った。
「俺の付き人で、風です」
風は、片言のエウテルペ語で挨拶した。
「風さんですね。よろしく」
オクタビアンは、微笑を浮かべて言った。
「オクタビアン様、風は、魔王さんからエウテルペ語を習うため、お城ならびに教会図書
館に出入りします。どうかお許しください」
プリンスが、エウテルペ語で言った。
「私たちは、全く構いません」
「ありがとうございます」
風は、心から礼を言っていた。

次の日。
「いやー、よかったよ」
ギルドにて、
プリンスがほっとした表情で言った。
「なんだかんだ言って、プリンスさんは心配だったんですね」
加奈に指摘されたプリンスは、苦笑いした。
「チェックメイトさん、住宅街の人たちから出された依頼ってありますか」
マクロスは、昨日、エボリから言われた依頼が気になっていた。
「これです。やはり、エボリ様も気になっていたのですね」
チェックメイトはそう言いながら、
壁紙に貼られている依頼をマクロスに見せた。
そこには、こう書かれている。

住宅街にオープンしたドラッグストアは
雑貨屋や商店街のドラッグストアの販売価格より
10倍も高い値段で商品を売りつけます
住宅街のドラッグストアをひどい目に遭わせて下さい。
(エウテルペ城下町住宅街住民一同)

「この依頼、いつからあるんですか」
マクロスは訊いた。
「3週間ほど前からです」
チェックメイトは答えた。
「今まで誰も引き受けないんですか」
「引き受けた人は8人います。皆さん、盗みに成功しています」
「でも、改善されないんだな」
「今でも、このドラッグストアは、最低でも倍の値段で商品を売りつけるんだそうです。
エウテルペ探偵団の調査でわかりました」
マクロスは、納得した。
「マクロス様、どうするんですか」
「もちろん、引き受けるよ。何回も盗みに入られても懲りないなんてな。どうやら、ただ
盗むだけじゃいけないようだ」
「どうしたんですか、マクロスさん」
加奈が、声をかけてきた。
「もしかして、この依頼を受けるのか」
プリンスも、やってきた。
「ああ、そうだよ、プリンス」
マクロスは答えた。
「この依頼、まだ解決していなかったんですね」
加奈は、依頼内容を見て言った。
「マクロス、どうにかできるのか」
プリンスが、訊いた。
「どうにもならない。だけど・・・」
マクロスには、何か考えがあるようだった。

3.不審者

マクロスは、店の下見に来ていた。
早朝なので、辺りには人がいない。
マクロスは、盗賊ギルドに向かって歩き出した。
しばらく行ったところで、彼は立ち止まった。
向こうから誰かやってきたのだ。
マクロスは、慌てて掲示板の影に隠れた。
その人の容姿は、だいたいわかった。
銀色の髪の男だった。眼鏡をかけているようだ。
ギルドとは違う方向に向かっている。
マクロスの位置より少し先に、十字路がある。
男が真っ直ぐ進めば、鉢合わせする。
マクロスは、曲がって欲しいと思っていた。
すると、男は向かって右側に進んだ。
マクロスは、ほっとした。
男の後を、つけてみることにした。
何やら、ただならぬ雰囲気が漂っている。
男は、エウテルペ大学医学部の門をくぐった。
ここで、 マクロスは追うのをやめた。
男は、校舎の入り口で立ち止まった。
そして、かがみこんだ。
遠めでよくわからなかった。
男は、何かを持ち上げている。
そして、そこから消えた。
マクロスは気になったが、
深追いはまずいと思い直した。
マクロスは、ギルドへ向かった。

4.怪盗VS警備員

月が綺麗な夜だった。
もうすぐ、日が変わろうとしている。
こんな時に、住宅街をうろついている者はいない。
月明かりに照らされ、金髪がわずかに動く。
月夜に、怪盗MRDは行く。

ドラッグストアは、住宅街の中心部にあった。
白い無機質な建物だ。月明かりでよくわかる。
青年は、周囲を注意深く窺う。
なるべく人に見られたくない。
敵がこちらの動きを読み、
計画は失敗するかもしれない。
もたもたしていると、警察に捕まる。
青年は、緊張した。
店を襲撃されているのに、
なんで商品の値段を下げないんだろう。
この店は、通常よりも倍の値段で商品を売る。
ちょっと商品が盗まれても、ビクともしないだろう。
それに、協会の盗賊に狙われた場合、
警察は相手にしてくれない。
悪事が明るみに出ないから、
届けを出さないでいる。
となると、
商品を盗むだけでは制裁できない。
青年に、そんな考えがよぎった。
本当に俺がなんとかしないと・・・。
青年は意を決して、
静かに建物へと近づいていった。

青年は、裏口の鍵を針金を使って開けた。
そして、店の中に侵入した。
息を潜め、辺りを窺う。
高い位置にある窓から月明かりが差している。
よく耳を澄ませた。
彼は、足音に気づいた。
音からして、人間が複数。
やはり、一筋縄ではいかないようだ。
だが、弱気になって引き下がれるか。
どうする?
開き直って、喧嘩を売るか。
余計な戦いを挑めば、やぶ蛇になる。
青年は、靴の裏に消音マットを装着している。
なるべく、穏便に事を進めたい。
青年は、慎重に動き始めた。
「誰だ」
突然、後方から叫ばれた。
しまった!
余計な事を考えていたため、ばれてしまった。
俺としたことが・・・。
青年は、腹が立ってきた。
「貴様、一体何者だ」
向こうにいた人物が、こちらに訊いてくる。
それを聞きつけた他の二人も、やってきた。
月明かりをたよりに、敵の姿を観察した。
敵は三人で、黒い鎧に黒い兜を身につけていた。
腰に小型の拳銃があった。
店に雇われた警備員のようだ。
敵の三人は、横に列になって
青年を追い詰めようとしている。
「さあ、名を名乗れ」
警備員Aが叫んだ。
青年は、堂々と答えた。
「怪盗MRDだ」
警備員Bが、後方に回りこんだ。
「ほう、お前が噂の怪盗か」
警備員Aは、こちらに拳銃を向けた。
その少し後ろに、もう一人の警備員が控えている。
青年は、少し後退した。
「逃げられんぞ」
後方から声が聞こえた。
通路の出口に、警備員Bが立ちふさがっている。
「さて、何して遊ぶ?」
青年は、挑戦するように言った。
「ふん、たいした余裕だな」
警備員Aは、拳銃の引き金に手をかける。
そして、警備員が拳銃を発砲した。
パァン!
銃声が響き渡る。
だが、銃弾は店の床に当たった。
警備員の視界から、青年の姿が消えた。
「むっ」
「どこだ」
警備員AもBも焦る。
次の瞬間、
「ぐわっ」
警備員Aが、前方に倒れた。
「くそ」
警備員Aは、後ろに人の気配を感じたので
身体を起こしてそちらを見た。
いつの間にか、青年がいた。
よろめきながら、再び拳銃を構える。
「うっ」
警備員Aは、またよろめいた。
青年は後ろから警備員Aに抱きつき、
湿った布を鼻と口を覆うように押さえつけた。
警備員Aは、ぐったりと倒れた。
「貴様、何をした」
警備員Bが、こちらに近づきながら叫んだ。
青年は、笑みを浮かべた。
警備員Bに向かって走り、
湿った布を同じように使った。
警備員Bもまた、ぐったりと倒れて動かなくなった。
青年は、もう一人の警備員のほうを見た。
「残るはお前だけか」
青年はそう言いながら、警備員を睨みつける。
警備員には、戦意が感じられなかった。
青年は、警備員Aに拳銃を発砲される直前に
高く跳び上がって後方に移動していた。
その動きは、
俊足という表現では収まらないほどの瞬速だ。
さすがに、警備員も戦意をなくした。
まだ一人いるみたいだな。
そいつを捜すとするか。
青年は、そいつを捜さない限り、
この事件は解決しないと思っていた。

店の奥に、鍵がかかっている扉を見つけた。
この扉、目立たないところにあった。
商品の棚に隠れるような位置にあった。
青年は、鍵を調べた。
ちゃんとかかっている。
青年は、開錠を始めた。
しばらくして、鍵がガチャリと外れた。
そうだ。
扉を開ける前に、耳を澄ませる。
その向こうからは、物音がしない。
行ってみるかな。
青年は、静かに扉を開けた。
その先は真っ暗だった。
奥に、もうひとつ扉があった。
その扉と壁の隙間から、明かりが漏れている。
その先に何かがある。
青年は、扉に近づいた。
扉に耳を当て、集中する。
誰かいるようだ。
何やら、紙の音がする。
扉の取っ手を見てみた。
鍵がついていない。
どうする?
青年は、勢いよく扉を開いた。
部屋にいた人物が、何事かと彼のほうを見た。
そこは、あまり広いとは言えない部屋だった。
粗末な机と椅子が1脚。
向かい側には棚がある。
その棚の上に、
何やら頑丈そうな箱があった。
机の上には、何かの帳面があった。
店の売上を記録した帳簿らしい。
人物は、白い鎧を着ていた。兜も白い。
腰には、剣を収めたさやがあった。
ちょっと厄介だな。
青年は、対処に困った。
「お前、何者だ」
人物は、訊いてきた。
「俺か。名乗るほどのもんじゃない」
「ちっ、あいつらは役に立たんな」
「あんたは、警備員とは違うようだな」
「私は上級警備員だ」
人物は、誇らしげに言った。
上級警備員は拳銃を抜き、発砲した。
壁に穴が空く。
「かわしたか」
上級警備員はそう言って、にやりと笑う。
次の瞬間、上級警備員の指から光線が発せられた。
「どうだ」
「うわっ」
青年は、この光をまともに受けてしまった。
どうやら、魔法攻撃のようだ。
青年は、これがどうしたんだという表情で相手を見た。
そして言った。
「今度はこっちから行くぞ」
相手に向かっていき、右手を振り上げた。
そして、攻撃を放った。
右の平手のあと、すぐに左の平手。
合計7発のビンタを、相手の身体に食らわせる。
これは、張り手という武術である。
技としては原始的だが、
その威力は他の技に決して劣らない。
「なかなかやるな」
上級警備員は、ダメージは食らったようだ。
防御に長けているのか。
青年は、手強いと思った。
だったら、こっちでいくか。
「どうした。恐くなったのか」
上級警備員は、いい気になったようだ。
「おい、こんな狭いところで戦うのはセンス悪いだろう」
青年は そう持ちかけた。
「ならばどうする」
上級警備員は、問いかけた。
「そうだな。話合うか」
「ふん、泥棒と話すつもりはない」
「住民たちが困っているんだが」
「知ったことか」
上級警備員は、素っ気ない。
「日を改めるとするか」
青年は、扉から出ていった。
さて、こいつは何をやってたんだろう。
青年の手には、帳簿があった。
帳簿を盗んでいたのだ。
店の帳簿は二つあった。
ひとつは、通常の倍の値段で売りつけている記録。
ひとつは、通常の値段で売っている記録だった。
まったく、ほんとに悪人だな。
青年はそう思いながら、店を後にした。

5.若手助教授

ラアラ・スターダンスは、
城下町の書店へ出向いた帰りに彼を見かけた。
エウテルペ大学医学部の若手助教授。
医学部のみならず、工学部の先生方や学生たちにも人気がある。
せっかく会ったのだから、声をかけても悪くないだろう。
「聖斗先生」
「おや、ラアラさん」
彼は、ちゃんと自分に気づいてくれた。
美しい銀色の髪の男は、いつも柔和な表情を浮かべている。
縁なし眼鏡の奥に、細い目。
額には、十字架の模様が施されているバンダナを巻いている。
ラアラ・スターダンスは、金髪に茶色い瞳の少女だ。
年齢は16歳。可愛らしい面持ちだ。
「今日はお休みなんですか」
ラアラの問いに、聖斗は笑いながら答えた。
「今日から1週間は、教職員みんな休みですよ」
「あ、そうでした」
ラアラは思い出したように言った。
彼女の祖父、スター・スターダンスは、
エウテルペ大学工学部で地質学の教授をやっている。
父であるライジン・スターダンス、
通称ライズは、その助手で秘書で護衛なのだ。
スターがライズをこき使っているように見えることも、しばしばある。
そんなスターもライズも、昨日、
「あー、明日からやっと本当の夏休みだ」
と言っていた。
「でも、病院に関係のある先生は、本当に休みというわけじゃないんでしょう」
「そうですね。いつ急患が来てもいいようにはなっています。私は、研究室での論文が、
やっと一段落しまして」
「聖斗先生は、病院には行かれないんですか」
「実はそうなんですよ。大学での講義がメインなので」
ラアラは、聖斗が医学部の助教授であることは知っていたが、
医師ではないことも知っていた。彼は「僧侶」なのだ。
この世界にある、いろいろな魔法。
その中に、治療や治癒といった回復の魔法がある。
それらを修行で身につけ、自分の力とした者を僧侶と呼んでいた。
ちなみに、回復魔法を専門的に扱う人を僧侶と呼ぶ。
回復魔法の他に、
いろいろな魔法を習得している者が僧侶と呼ばれることは少ない。
また、稀に生まれつき回復魔法が備わっている者もいる。
エウテルペ王国第一王女ミルテ・ヴェガ・エウテルペや、
メフィスト・カカオマスの妻エリスもその一人だ。
生まれつき回復魔法の能力を持つ者は、
その能力を生業としなければ僧侶とは呼ばれないのだ。
エウテルペ大学医学部は、
数年前から回復魔法の医療も授業に取り入れるようになった。
回復魔法を実際に使いこなせる者は少ない。
魔法を苦手とする学生だって多数いる。
なので、
回復魔法とはどんなものかという講義がメインとなっていた。
実践は、特別コースの学生のみが行うものだとラアラは聞いている。
「回復魔法って、治せるのは怪我や毒、麻痺といったところなんですよね」
「そうです。病気は治せないんですよ。回復魔法が使えれば医者はいらないと勘違いして
いる人もいますが、決してそうではありません。それに、よほど強力な回復魔法でない限
り、それは応急処置でしかありません。やはり、専門家にちゃんと診てもらったほうがい
いです」
ラアラの問いに、聖斗は優しく答えてくれる。
こういう人だから、彼は医学部や工学部の人たちに人気がある、
ラアラはそう思っていた。
「ところで、ラアラさんはこれからどこかへ出かけるのではなかったのですか」
「いいえ、私はこれから帰るところなんです。これを買いに行っていたんです」
ラアラは、書店で買った世界科学雑誌の最新号とエンエン君の最新刊を聖斗に見せた。
「ラアラさんも、おじいさんやお父さんと同じく、世界科学雑誌を読むのですか」
「はい。私も、いずれは祖父のように土質や地質を研究したいと思っています。もっとも
、世界科学雑誌は祖父に言われて買ったんですけどね」
「じゃあ、メインはエンエン君ですか」
「だって、おもしろいじゃないですか」
「確かに、エンエン君はおもしろいですね」
「でしょう」
エンエン君は、新聞の4コマ漫画だ。
幅広い年齢層から支持を得ている。
「せっかく会ったことですし、どうです、一緒に軽食でも」
聖斗の誘いに、ラアラは喜んで賛成した。
「いいですね。すぐに帰ってこいとは言われてないし、お昼にはまだ時間があるし」
「じゃ、行きましょうか」
「はい」

加奈は、黙ってその場を立ち去り、
アパートの方向へと歩き出した。
自分の部屋ではなくプリンスの部屋に行った。
その時、プリンスはどうしていたかというと・・・。
「おい、風。かき氷でも作ってくれよ」
「若、かき氷を作る道具はあるのですか」
かき氷が食べたくなったのだが、肝心の道具がこの部屋にはなかった。
それにしても、ずいぶん流暢になったものだ、風のエウテルペ語は。
もう、彼らの普段の会話もチュルホロ語ではなく、エウテルペ語になっている。
「まさか、こんなに早くエウテルペ語をマスターするとはな」
「ありがとうございます。これで、私も盗賊協会に登録できます」
「登録は休み明けだぞ」
「わかっておりますよ」
その時、玄関のドアがノックされた。
「誰か来たみたいだ。風、頼む」
「かしこまりました」
プリンスに言われ、風が客人を出迎える。
「はい、どうぞ」
「おはようございます」
ドアを開けたのは加奈だった。
「加奈さん。おはようございます」
「風さん、プリンスさんは」
「ええ、若ならおりますよ」
風は、加奈を部屋に入れた。
「おー、加奈。どうしたんだ」
プリンスは、加奈が部屋に上がってくるなり声をかけた。
「プリンスさん、あの人のことが、少しだけだけどわかりました」
プリンスは、早く知りたいといった様子だ。
「あの人は、聖斗という名前みたいです。ラアラさんが聖斗先生と呼んでいましたから」
「ラアラさん?」
プリンスと風が同時に訊いた。そういえば、二人ともラアラのことは知らないのだ。
「ラアラ・スターダンスさんです。エボリ君たちと仲がいい人で、エウテルペ大学工学部
教授スター・スターダンスさんの孫なんです。ちなみに、星の力を自分の力にできる星士
という種族なんです。見た目は人間そっくりですけどね」
「ああ、聞いたことがあります」
風が言った。
「確か、ノーストリリアの民によって生み出された種族ですよね。そして、星士同士では
子孫を残すことができず、二足歩行の犬のような生物・ヂャウとの間にしか子供が生まれ
ない。星の光を自らの生命力とすることができる。現在は生存している星士はほんのわず
かしかいないと聞いています」
「そのとおりです。エウテルペにも3人しかいませんね。スターさん、その息子のライズ
さん、そしてラアラさんの3人です」
加奈は、風の話にうなずいてから本題に戻った。
「話のつづきですが、ラアラさんの話からすると、聖斗さんはどうやらエウテルペ大学の
医学部の先生のようです。しかし専門は医療ではなく回復魔法みたいです。つまり、お医
者さんではなく僧侶ですね」
「なるほど。僧侶だとしたら悪霊退治でもやってたのか」
プリンスは、加奈の説明を聞いてからそんな推測をした。
「確かに、悪霊退治は夜中に行われることが多いですからね」
風は、プリンスの説には納得がいくというニュアンスを示した。
僧侶は回復能力だけでなく、
この世界にさ迷う霊を沈めたり、
悪霊を退治したりする能力を持ち合わせているのが普通である。
「でも、エウテルペ大学医学部に悪霊が出るなんて聞いたことがないですよ」
加奈は言った。
「みんなが知らないところに出るんじゃないのか。例えば、地下室とか」
プリンスは、あの人物が地下室に潜ったことを思い出して言った。
「じゃあ、マクロスさんがドラッグストアを襲撃した帰りに、地下に潜ったあの人を見た
というのはどうなるんですか。あのときには失敗したから、もう1回挑んだとでも」
加奈は反論した。
「そうだよな。マクロスは2回見かけているんだよな」
「それに、ドラッグストアと宝石店は全く違う方向だと聞きます。全く違う場所を歩きま
わり、最終的にエウテルペ大学の地下室へ潜る。何か意味があるのでしょうか」
プリンスに続き、風も言う。
「ところで、ラアラさんと、その方はどんな感じでしたか」
風は、参考までに訊いておこうと思った。
「何だよ、風。まさか、その二人が恋愛関係になっているとでも思っているのか」
プリンスが、にやにやしながら訊いた。
「違いますよ。ラアラさんは、その方のことをよく知っているようだったのかということ
です。その、夜中に出歩いているということも知っているのかと」
風は、プリンスに慌てて言った。
「そうですね。親しい仲のようでした。だけどそこまで詳しく知っているような仲だとは
思いません。それに聖斗さんも、夜中に出歩いていることを自分でわかっているかどうか
、怪しいものでしたよ」
加奈は、正直に言った。
風は、ラアラが細かいことまで知っていれば、
聖斗という人物がなぜ夜中に出歩いているか、
その理由がわかるのではないかと思っていた。
しかし、その考えは甘かった。
「おい、加奈」
「何でしょう、プリンスさん」
プリンスは、あることを思い出した。
「その聖斗とかいう人物は、エウテルペ大学医学部の人だって言ったよな」
「はい」
「そいつが、夜中に出歩いている。そして、エウテルペ大学医学部の学生が、最近なぜか
病院に担ぎ込まれている」
「そ、そういえば」
「その事件なら、私も新聞で読んでいます。何か関係があるのでしょうか」
加奈は驚きの声を上げ、風は首をかしげる。
「こりゃ、調査してみる価値がありそうだな。盗賊の仕事はしばらく休みだし」
プリンスは言った。
「若、何をする気ですか」
「決まっているだろう、風。エボリ・ウイングみたいにこの事件について調査するんだ」
自信ありげなプリンスの様子に、風と加奈は顔を見合わせた。

「ちょっと、聖斗様」
誰かが、こちらにやってきた。
ここ、エウテルペ城下町の喫茶店にいた人々は、皆そちらを注目した。
その誰かは女性だった。
黒い髪をふたつに結った、水色の瞳の女性だった。
「おや、小華。どうしたのですか」
聖斗は、その女性に向かって訊いた。
この女性は、小華という名前である。
「どうしたって。誰なんですか、この人は」
小華は、叫ぶように訊いた。
どうやら、ラアラのことを言っているようだ。
「会ったことがなかったんですか。この人はラアラ・スターダンスさんですよ。工学部の
スター・スターダンス教授のお孫さんです」
「え」
聖斗に説明され、小華は目が点になった。
「はじめまして、小華さん。ラアラ・スターダンスです」
ラアラはにこやかに挨拶した。
「あ、は、はじめまして」
小華は、少し焦りぎみに挨拶する。
「それにしても、意外ですね。小華がラアラさんとは初対面だなんて。スターダンス教授
やライズさんとは何回も会っているのに」
「だって、ラアラさんはエウテルペ大学の構内に来ることがないじゃないですか」
聖斗の言葉に、小華は反論する。
ラアラは、急ぎの用がなければ
エウテルペ大学工学部まで行くことはなかった。
また、医学部の前は通ることがあるが実際に入ったことはない。
「ところで、小華さん、聖斗先生に何か用事があるんじゃ」
ラアラの指摘に、小華ははっとした。
「そ、そうだったわ。聖斗様、また出たんですよ」
「え、またなんですか」
「はい。3年生の女子学生です。今朝、病院に運ばれました」
小華が何を言っているのか、ラアラにもわかった。
最近、エウテルペ大学医学部で起こっている奇妙な病気。
夏休み中に学校を訪れた学生が、体調不良で病院に運ばれる。
しかも、突然体調不良になるというのだ。
ついさっきまでは、そんな兆候がまるでなかったのに。
その体調不良だが、それは体の脱力感となって現れるようだ。
そして、体調不良となるのは
医学部の構内にいるときではなく、医学部から出た後である。
すぐに脱力感が現れる者もいれば、
かなり時間が経ってから現れる者もいる。
このような症状が現れるのは、
エウテルペ大学医学部の学生だということがわかってきた。
だが、その原因はわからない。
第一、これまでそんなことはなかった。
今年の夏になって、こんなことが起こり始めたのだ。
「しかし、奇妙なことですね。このような症状が出るのは女子学生だけだ。男子学生には
、全くそんなことが起こらない」
聖斗は言った。
「え、そうなんですか」
ラアラは、思わず訊いていた。
新聞には、エウテルペ大学医学部の学生としか書かれていない。
他に、個人としてわかるのはその学年である。
「そうなの。これまで病院に運ばれたのは女子学生だけ。男子学生や先生方、助手たちに
は、全くそんなことが起こらないのよ」
「だから、小華も大丈夫なんですね」
小華の説明に続き、聖斗が口を出した。
「あ、小華さんは、聖斗さんの助手ですものね」
ラアラは言った。
そう、小華は聖斗の助手である。
このことは、ラアラは予め聖斗から
私には小華という助手がいますという形で聞いている。
「もう、聖斗様。一体どういう意味で言っているんですか」
「ははは、悪かったですね。ところで、小華も一緒にどうですか。おごりますよ」
聖斗に言われた小華は、すぐに乗り気になった。
「じゃ、お言葉に甘えて」
それから昼頃まで、3人はいろいろなことを話していた。

6.盗賊と探偵

朝食を食べているマクロス・ダナエのもとへ、
エボリ・ウイング・エウテルペがやってきた。
「そうだ、このことを話しておこう」
マクロスは、カカオマス家において
あのことをエボリに話すと決心していた。
「あのこと」
エボリは訝った。
エウテルペ大学医学部の学生に起こっている奇妙な事件と
ドラッグストア襲撃事件の帰りに見たあの男のことを話した。
エボリは、マクロスの予想どおり真剣に聞いていた。
「ってわけなんだよ、エボリ君。もしかしたら、あの人が夜中に地下に潜っていることと
、医学部の学生が妙な目に遭うことに関係があるんじゃないかと思ってね。全く関係がな
いことかもしれないけど。でも、夜中に出歩いて医学部の地下に潜るのはどうも怪しいと
思うんだ」
「確かに、夜中に地下に潜るっていうのは怪しいですね。誰にも見られたくないことなん
でしょうか」
「1回、早朝にも見たけど・・・。だけど、俺たち盗賊がそんなことを調査するわけにも
いかないしな」
「だから、俺に話したんですね」
「そういうこと。で、エボリ君、調査する」
マクロスの問いに、エボリは即答した。
「もちろんですよ。俺も新聞で読んでて、医学部の学生に起こる現象が不審だと思ってた
んです。夜中にそんなことをしている人がいるなんて聞いたら、何かの手がかりになるん
じゃないかと思いますよ」
「ありがとう。俺も協力するよ。自分が見たことだし、自分で持ち込んだ事件だからね。
それに、ギルドはしばらく休みだし」
「助かります、マクロスさん」
こうして、マクロスはエボリに依頼を出すことに成功したのである。

「まずは、新聞記事を調べてみましょう」
エボリは、エウテルペ大学医学部の学生が襲われている現象について、
何らかの法則があるかもしれないと思ったのである。
「じゃ、教会図書館へ」
マクロスは訊いた。
「そうですね」
エボリが答えたときだった。
「おい、エボリ。何かあったのか」
逆立った金髪に鋭い目つきの林が声をかけてきた。
林の腰には、パイプ銃があった。
エボリが携帯しているものとは、少しだけ型が違っている。
「林。実はマクロスさんからちょっと相談を持ちかけられてな」
エボリは、これまでのことを簡単に説明した。
「なるほど。医学部の学生が襲われている現象については、俺も怪しいと思ってたんだ。
マクロスさん、俺も調査しますよ。いいでしょう」
林はすっかり乗り気だ。
「もちろんだよ、林君」
マクロスはあっさり承諾した。
というわけで、3人は教会図書館に向かった。
マクロス、エボリ、林が教会図書館にあった新聞を見た結果、
次のことがわかった。
まず、この現象は今年の夏のはじめから起こり始めたということ。
次に、謎の現象に襲われるのはエウテルペ大学医学部の学生であるということ。
工学部の学生や、城下町の人々は襲われないのだ。
そして、襲われる学生は1回につき1人だけだということ、
一度に2人以上の学生が体調を崩すということはないという。
「1回につき1人って。どういうことなんだろう」
エボリは首をかしげた。
「集団で具合が悪くなるってことはないんだから、医学部の構内に毒ガスが充満している
とか、そういうことはないってことだよな」
林の言うことはもっともだった。
「日にちに法則性はないみたいだね」
マクロスは、事件のことが書かれている新聞を見比べて言った。
「そういえば、1週間おきとか、3日おきとか、そういうことはないですよね」
エボリはうなずく。
「ん?」
マクロスは、いちばん最後にあったこの事件の日付に注目した。
「これ、俺がドラッグストアを下見した日じゃないか」
「な、何だって」
「それ、本当ですか」
エボリと林は、マクロスが見ていた新聞の日付を確かめた。
そして、その日にマクロスは謎の男を目撃して後を追った。
「やっぱり、この事件にはあの人が関係しているのか」
「でも、まだわかりませんよマクロスさん。だって学生の具合が悪くなるのって夜中じゃ
ないでしょう」
林の指摘に、マクロスは、それもそうかという考えになった。
だが、どうも気になる。
確かに、学生の具合が悪くなるのは夜中ではない。だが学校にいるときに具合が悪くなる
ということもないのだ。
「新聞には、学校にいるときに具合が悪くなった学生がいるなんて書いてないよな。学校
から出てすぐに具合が悪くなったとか、家に帰ってから具合が悪くなったとか。いずれに
しろ、学校にいるときは具合が悪くならないんだよな」
エボリは、なぜ学生が学校にいるときには具合が悪くならないのか少し気になった。
「具合が悪くなる時間もばらばらだよな」
林は、この事件に法則性がないことを知って
新聞から手がかりを見つけるのは無理ではないかと思い始めた。
「おい、まただってな」
教会図書館に来ていた中学生が、一緒に来ていた友人に小声で話した。
「何がまたなんだ」
「ほら、医学部の学生の具合が悪くなるってやつだよ。今朝、またあったんだとよ」
このせりふに、マクロスもエボリも林も聞き耳を立てた。
「ええっ、今朝あったのか」
「ああ。俺の家の近所に住んでいる人なんだけどよ、今朝早く病院に行ったみたいだぜ」
「今朝か」
エボリは、中学生の会話を聞いてから言った。
「あの人」
マクロスは、やはりあの男が何か関係があるのではないかと思った。
「やっぱり、あの人は何か関係がある。だって、昨夜も見かけたんだぞ」
「そうですよね。マクロスさんが謎の男を見かけた日から、医学部の学生の具合が悪くな
った」
エボリに続き、林が言う。
「そして、その前の被害者が出る前、マクロスさんが謎の男を目撃している」
「あの人が何かやっているのか、それとも、医学部の地下室に何かあるのか」
マクロスは、エウテルペ大学医学部の地下室に何があるのか気になった。
こんなことが続いているのだ。
あの男が人目につかないようにこっそりと地下室に潜っている以上、
何かあるに違いない。
「地下室に潜入といってもな」
エボリは、どうも気が進まなかった。
彼には(彼だけでなく、マクロスや林もそうだが)、
エウテルペ大学医学部に知り合いがいない。
知り合いがいれば調査の許可をとるのは簡単だが、
そうでもなければ、かなり面倒な手続きを踏まなければならない。
それに、マクロスが見かけたという謎の男は
人目につかないように地下室に潜っているというのだ。
もしかしたら、医学部の人々は地下室の存在を知らないかもしれない。
「エボリ、これ以上放っておいたら被害者がどんどん出ると思うぜ」
林が言った。
「だけど、どうやって調査するんだ。確かにマクロスさんが見かけた謎の人物は怪しそう
だけど、この事件を起こしている張本人と確定したわけでもないし」
エボリは、相当厄介な事件だと思っているようだ。
「うーん。やっぱり、地下までつけたほうがよかったのか」
マクロスは、決して無理をしないようにしている。
不確定要素に無理に首を突っ込むのは愚かなことだと思っている(
そうプリンスにも話していた)。
「何やってるの、エボリ兄さん」
誰かが声をかけてきた。
「お、トロス」
エボリは、その人物の名を言った。
彼は、トロス・ブライアン・エウテルペ。エウテルペ王国第三王子だ。
短めの金髪に、茶色い瞳。
腰には、細身の剣が収められたさやがある。
「実は」
エボリは、トロスにも事件のことを話した。
「あの事件ね。僕も気になってたんだよ。なんか、前に本で読んだことがある事件に似て
いると思って」
トロスの言葉に、マクロスたちは驚いた。
「トロス君、前にも似たような事件があったって本当」
マクロスが訊いた。
「はい。前というより、本当に昔ですけど」
「どんな事件だったんだよ、トロス」
林が、早く聞きたいという調子で問う。
「まあ、落ち着いてくださいよ林さん」
トロスはそう言ってから、
前に本で読んだことがある事件について、かいつまんで話した。
「1年くらい前に、ここで借りた本に書いてあった事件なんですけど、とある魔人の話な
んです。この魔人は人の魂を食らう恐ろしい魔人で、勇敢な戦士たちが挑んでもことごと
くやられたそうです。魔人のターゲットとなるのは生命力に満ち溢れている若者です。特
に、女性を好んだそうですよ。しかも医学に優れている人の魂を狙うことが多かったよう
です。医学を知っておけば自分が傷ついてもすぐに回復できるからでしょう。この事態を
重く見た当時のエウテルペ王は、魔人をやっつける方法をなんとしてでも考え出そうとや
っきになっていました。そんなある日、一人の暗殺者が王のもとを訪れ、あの魔人をなん
とかしてやると言ったそうです。そして、暗殺者はある場所に地下室をつくり、そこに魔
法陣を描きました。その後、暗殺者は魔人を地下室におびき寄せ封印したといいます」
「エウテルペ王が絡んだ話だったのか。俺は、そんな話を歴史では習わなかったぞ」
エボリが言った。
「エウテルペ王が絡んだのはちょっとだけだからね、エボリ兄さん。僕もその本を読むま
で知らなかったよ」
「で、何が今回の事件と似てるんだトロス。確かに若い人が狙われて、しかも医学を知っ
ている人がターゲットになるって部分は似ているが」
林が訊いた。
「そうそう、この魂を食らうって部分ですけれど、魂を食われた人は身体の脱力感を訴え
たそうです。そして暗殺者が魔人を封印するまで、ずっと寝たきりだったとか」
トロスの答えに、マクロスたちは顔を見合わせた。
「じゃあ、エウテルペ大学医学部の学生はその魔人に魂を食われたってことなのか」
マクロスが訊く。
「そういえば、魔人は殺されたんじゃなく封印されたって」
エボリの言葉の続きを、林が言った。
「その魔人の封印が解けたってことなのか」
「可能性はあります。僕はこの話を読んだとき、御伽噺だと思ったんですよ。だけど最近
起こっている事件を目の当たりにして、もしかしたら実話じゃないかって思えてきた」
トロスは、林に言った。
「まさか、その魔人が封印された地下室っていうのが、エウテルペ大学医学部の地下室」
マクロスの言葉に、エボリも林もトロスもぞっとした。
「その可能性は十分ですよ、マクロスさん」
林が言った。
「すると、マクロスさんが夜中に見かけた人は、実は魔人」
エボリが、そんな考えを口にした。
「いや。見た感じは普通の人だったけど」
マクロスはそう言って、ふと考えた。
そう、確かに見た感じは普通の人だった。
だけど、何だろう。雰囲気が普通じゃなかったというか。
そうなのだ。あの人物は、どこか普通ではない雰囲気があった。
「トロス君、その魔人って単独で活動してたわけ」
「ちょっと待ってくださいね、マクロスさん。記憶違いがあるといけないので、あの本を
探してきます」
トロスは、一旦その場を離れた。
しばらくして、トロスは1冊の本を持って戻ってきた。
「ありましたよ。これです」
「早く見せてくれ」
林に促され、トロスはあの話が書いてあったページを開いた。
「えーと、あ、ほら、ここ。この魔人は自分と精神が同調しやすい人間に乗り移って活動
していたって書いてあります」
「本当だ。すると、マクロスさんが見た人物にその魔人が乗り移っている可能性があるっ
てことか」
エボリが言った。
「じゃ、その魔人を封印した方法っていうのは」
林が訊いた。
「えーと、この部分ですね。暗殺者は、魔人をおびき出すには魔人が乗り移っている人物
の精神世界に入り込み、精神世界の魔人を倒すことと考えた。(中略)精神世界の魔人は
倒され、魔人は現実世界に姿を現した。現実世界に姿を現した魔人は暗殺者の思いのとお
り、普通に殺すにはあまりにも強すぎた。暗殺者は予め描いていた魔法陣の力により魔人
を封印した、とあります」
「ちょっと、この本、よく読ませてもらえないかな」
「いいですよ、マクロスさん」
トロスは、マクロスにその本を渡した。
マクロスは、その本を読み始めた。トロスの記憶は確かだった。
「すると、戦いはまず精神世界か」
エボリが言った。もう、今回の事件の原因がその魔人にあると決め付けている。
そして、その魔人がマクロスが見かけた謎の男にとり憑いているとまで思っている。
「精神世界の魔人を倒しても、現実世界の魔人を倒さないと意味ないぜ」
林が言った。確かにそうである。
「その本には、現実世界の魔人を倒す方法なんて書いてませんからね」
トロスが言った。
「攻略法なしか」
エボリはそう言って、ため息をついた。
「それに、エボリ君」
ざっと読み終わったマクロスが口を開いた。
「あの人に、このことをどう伝えるのかも考えてないだろう」
「そうですよね」
問題は山積みだ。
あの男に、どうやってこのことを伝えるのか。
「また封印しても、きっとまた出てくるだろうな」
林は言った。
封印は、永遠なものではない。いつか解かれる。
「魔人は絶対に倒さないと」
マクロスの言葉に、エボリも林もトロスもうなずいた。
魔人との戦いは避けられない。
マクロスはそう肝に銘じていた。

7.精神世界

「まず、その人にどうやって話すか」
エボリが言った。
「そして、どうやって精神世界の魔人を倒すか」
林が言った。
「その後、どうやって魔人を完全に倒すか」
トロスが言った。
「全く、対策がない」
マクロスが結論づけた。
そして、4人はため息をついた。
ここは、エボリの部屋である。
ベッド、たんす、クローゼット、テーブルと椅子2脚、
机とそれと対になっている椅子、
本棚、マントかけがある質素な部屋である。
一見、王子の部屋とは思えない部屋だ。
「でも、精神世界には行けるだろう」
林が訊いた。
「ああ、トロスの力を使えばな」
エボリが答えた。
実は、トロスには悪霊退治の力が備わっている。
一般的に言う僧侶のような回復魔法の能力はないが、
霊と戦える力が生まれつき備わっているのだ。
そのためか、彼は万霊節トロスとも呼ばれている。
そしてエボリとマクロスは、以前、精神世界に行ったことがあるのだ。
2年前の夏、マクロスの父であるマクベス・ダナエが
悪霊にとり憑かれるという事件が起こった。
そのときにトロスがマクロスたちを精神世界へ転送して
悪霊を一旦退治し、
現実世界に出てきた敵を完全に倒したことがある。
「精神世界に行く方法はあるけれど、今回の敵が前と同じとは限りませんよ」
トロスが林に言った。
「確か、前の敵は最初にエボリ君がこうさぎの剣で攻撃して、その後、俺とビンティカが
ビンタを連発して倒したんだよね」
マクロスが、思い出したように言った。
「そうです。あのときの敵の攻略法は予めわかっていましたから」
「でも、トロスは思い出したんだよな」
「そのとおりだよ、エボリ兄さん。僕がもっと早く思い出していれば、あんなに苦戦せず
に済んだっていうのはわかってるよ」
そう、トロスは敵の攻略法を本で読んでいた。
というか、事件が起こる前に読んだ本に偶然にも
その敵と同じ種類の霊の攻略法が書いてあったのだが、
戦闘のかなり後になって思い出したため、みんなけっこうダメージを食らったのだ。
ちなみに、そのときの敵の攻略法は
聖なる力を持つ武器で敵を攻撃し間髪入れずに連続攻撃を浴びせるというものだった。
エボリが使用したこうさぎの剣というのが、聖なる力を持つ武器だった。
「どっちにしろ、こうさぎの剣は持っていったほうがいいな。敵にパイプ銃が効くとは思
えないし」
エボリは言った。
「え、エボリ兄さん、精神世界に行く気なの」
トロスが訊いた。
「ああ。だって、俺が引き受けた事件だぜ。俺が行かなくてどうするんだ」
エボリは、当然のように答える。
「俺も行くよ、トロス君。事件を持ち込んだのは俺だし」
マクロスも言う。
「そうですか。エボリ兄さんもマクロスさんも精神世界の経験者だし、文句は言いません
けどね」
トロスの言葉に、林がツッコミを入れる。
「その割には、エボリに文句をいいたそうだったじゃねえか」
「あー、それは言わなくていいですよ」
トロスは、なんだか決まりが悪そうだ。
「林さんはどうしますか」
「トロスが精神世界に転送できるのは5人までだろう。人数が足りなかったら俺も行く」
つまり、行かないってことか。
林の言葉から、エボリはそう結論づけた。
「ところで、5人ってどう集めるわけ」
マクロスが訊いた。
そう、別に5人いなくてもいいのだ。
だが、やはり人数が多い方がいいだろう。
「俺とマクロスさんとで二人。あと3人か。そうだな」
エボリは考えた。
「もしかしたら、スターさんなら事情を話せば協力してくれるかもしれないぜ。医学部と
工学部は隣同士だ。マクロスさんが見かけた人について何か知ってるかもしれない」
林が言った。
「そうだな。スターさんのところに行ってみるか」
エボリは、林の案に賛成した。
「それと、どうやってあの人の精神世界に行くかだけど」
マクロスが、ある提案をした。
「あの人が夜に出歩いているのをつけて地下室に潜ったところを眠らせるかして、それで
精神世界に行くっていうのは。事情を話せなかったら、この手を使うのが妥当だと思う」
「そうですね。もしスターさんが、マクロスさんが見かけた人を知っているなら、スター
さんに事情を話してもらうっていう手もありますよ」
トロスが、追加の案を出す。
「なるほど。スターダンス教授に話してもらうほうが、俺が出した案よりはいいな。俺の
案だと毎日徹夜しなきゃいけないってことになるし」
マクロスは、自分の案が良い案だとは思っていなかったようだ。
「よし、これでどうやって精神世界に行くかは決定した。後は攻略法だ」
エボリが言った。
「で、いつスターさんのところに行くんだ、エボリ」
「今日の午後でいいだろ、林」

というわけで、その日の午後。
マクロスとエボリは、
エウテルペ城下町の学者街にある
スター・スターダンス教授宅までやってきた。
「ここに来るのは久しぶりだな」
「俺は初めてだよ、エボリ君」
「では、行きましょうか」
エボリはそう言うと、ドアノッカーを鳴らした。
「はーい」
中から、少女の声が聞こえた。
「お、ラアラがいるみたいだな」
エボリは呟いた。
扉を開けたのは、案の定、ラアラ・スターダンスだった。
「よう、ラアラ」
「こんにちは、ラアラちゃん」
エボリとマクロスは、ラアラに挨拶した。
「ようこそ。さあ、中へどうぞ」
ラアラは、二人を中に招き入れ、応接室に通した。
マクロスとエボリがしばらく応接室で待っていると、
スター・スターダンス教授が入ってきた。
「ようこそ。固い挨拶は抜きにして、早速本題に入るとしよう」
スターが席につくと、マクロスがこれまでのことを話した。
「というわけで、その人物が、もしかしたら大昔に封じられた魔人にとり憑かれているか
もしれないと思いました。なので、スターダンス教授に協力を求めたいと思っています」
マクロスは、正直言ってこんな話を大学教授が信じてくれるとは思ってもいなかった。
「なるほど。実に興味深い。ぜひ、俺にも協力させてほしいね」
「え、ほんとですか、スターさん」
エボリが訊いた。
「ああ。それに、マクロス王子が見たっていう人物なら心当たりがある」
スターの言葉に、エボリもマクロスも、椅子から飛び上がった。
「それは本当ですか」
「一体誰なんですか」
「まあ、エボリ君もマクロス王子も落ち着いてくれ。マクロス王子が見たっていう人物に
合致する人間を俺は知っている。おそらく、エウテルペ大学医学部の聖斗助教授だ」
スターが出した名前をマクロスが持ってきた手帳にメモする。
本当はこれはエボリと一緒についてきたエウテルペ探偵団の誰かの役目なのだ。
しかし今回は依頼人が自分であることと、
自分が協力できるときは協力することを明言しているので
エボリの助手役をマクロスがやっているのだ。
それにいちばん最初に事件に遭遇したのは自分なのに、
自分の知らないところで事件が進展するのはつまらないと思っていた。
「その、聖斗助教授がどうかしたんですか」
エボリが訊いた。
「実を言うと、俺は聖斗助教授がいつからエウテルペ大学医学部の助教授になっているか
知らないんだ」
スターの意外な発言に、エボリもマクロスも息を呑んだ。
当然、マクロスはメモを忘れない。
「つまり、それはどういうことですか」
エボリは、スターの言うことがわかるような気がした。
だが、はっきりしないところもある。
「聖斗助教授は俺が知らない間に、みんなが知らない間に、エウテルペ大学医学部の助教
授になっていた。誰も聖斗助教授がいつからエウテルペ大学医学部に着任したか、はっき
りと覚えていないんだ。みんな5年前はいなかったと言う。しかし4年前はどうか。3年
前は。というように着任の年がはっきりしていないんだ。それでも聖斗助教授は、助教授
として素晴らしい能力を持っている。僧侶としてとても優れた力を持っているから、あの
若さで助教授になれたと、みんな言っているんだ」
「確かに、俺が見た感じだと20代半ばから後半ってところですよね。あれで助教授って
聞くと驚きますよ」
マクロスは納得している。
「そうだろう。それに俺は、聖斗助教授に何やらただならぬ雰囲気を感じるんだ。うち(
工学部)の学生はそんなこと言わないし、医学部の学生もそんなこと言わない。だけど、
俺には感じられるんだ。何かこう闇の雰囲気というか、そんな感じのものだ」
マクロスもエボリも、スターの言葉にうなずいた。
「スターさん、その聖斗助教授の評判ってどうなんですか」
エボリが訊いた。
「ものすごくいいよ。講義はわかりやすいって評判だし、医学部だけでなく工学部の学生
や先生方とも仲がいいし。それに」
「それに」
エボリが先を促す。
「助手の小華さんとは、特に仲がいいみたいだ。医学部の学生の間では、もしかしたら、
助教授と助手という関係を超えているのでは、とまで噂されているようだ」
スターの言葉に、エボリはそっちを調べてみても面白そうだと思った。
「助手がいるんですか」
マクロスは、これが重要だと思った。
「ああ、やはり助手がいないと苦しいんだろう」
スターは、何を今更と思った。
だが、次のマクロスの言葉にスターもエボリもはっとした。
「その助手って人は、いつから聖斗助教授の助手なんですか。それははっきりしているん
でしょう」
「確か去年の5月から。そうか、それははっきりしている。なのに、なぜ聖斗助教授が助
教授になった年がはっきりしていないんだろう」
スターは、なぜ気づかなかったのかという口調になっている。
「スターさん、助手の小華さんは、助手になる前は何をしていたんですか」
エボリが訊いた。
「確か、ハフナーの町にある寺院で僧侶としての修行を積んでいたとのことだよ。そして
、聖斗助教授が助手になる僧侶が欲しいって言ったら、寺院側が優秀な僧侶を送ると知ら
せてきて、そして小華さんがやってきたというわけだ」
スターは答えた。はっきりした出所だ。
「小華さんは、聖斗助教授がいつから助教授になっているか知っているんだろうか」
マクロスは考えた。
「どうでしょうね。でも、わかったことはありますよ。聖斗助教授は少なくとも去年の5
月にはすでに医学部の助教授になっていたということです」
エボリが言った。
「うーん。エボリ君やマクロス王子たちが出した結論。聖斗助教授が魔人にとり憑かれて
いるっていう可能性は十分だな。魔人のせいで聖斗助教授がいつから助教授なのかわから
なくなっているということは十分考えられる。それにマクロス王子が夜中に聖斗助教授を
見かけた次の日に(あるいはその日に)、エウテルペ大学医学部の学生の体調が悪くなる
。なんだか条件が揃っているな」
スターは、真剣な表情で言った。
「スターさん、いちかばちか聖斗助教授に話してもらえませんか。それとも、うまいこと
おびき出して、俺たちが精神世界に行けるようにしてもらえませんか」
「できるだけのことはするよ、エボリ君。そうだ、精神世界に行くならライズを連れてい
けばいい」
スターの提案に、エボリは驚いた。
「え、勝手に決めていいんですか」
「構わないよ。ライズはこういうことが大好きだ。俺はもう年だし、何があるかわからな
いところへ可愛い孫娘を送り込むわけにもいかないしな」
息子ならどうなってもいいのか。
マクロスはそう突っ込みたくなったが、やめておいた。
スターはすでに60代だが、
見た目は20代の姿である。
これも、この一家が人間ではなく星士であることに関係していた。
「ちょっと、父さん」
ライジン・スターダンス、通称ライズが応接室に入ってきた。
「お、ライズ。なんだ、立ち聞きしていたのか」
「いいや、偶然この部屋の前を通ったら話が聞こえたもので」
「そうか。で、お前はエボリ君に協力しないのか。精神世界に行けるなんて、めったにあ
ることじゃないぞ」
「そりゃ、俺は精神世界に行きたいよ」
「だとさ、エボリ君。これでライズの精神世界行きは決定だ。エボリ君もマクロス王子も
、好きなだけライズをこき使ってくれ」
スターは何か楽しそうだ。
「こき使うだなんて。ライズさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、ライズさん」
「こちらこそよろしく。エボリ君、マクロス君」
挨拶が済んだところで、マクロスは言った。
「これで3人だ。あと2人、どうするエボリ君」
「そうだな。スターさん、どうしますか」
エボリはさっきのスターの言葉から、訊いても無駄だと思ったが訊いてみた。
「俺は、人数が足りない場合に声をかけてもらえればいい」
スターは答えた。
「林と同じ事を言いますね」
エボリの言葉に、ライズが吹き出した。
「林君も同じ事を言ったのか。父さんと林君は考えることが同じなんだな」
「もしかしたら、現実世界での戦いはスターさんに協力してもらうことになるかも」
マクロスの言葉に、スターはうなずいた。
「ああ、それは承知している。精神世界に巣食う魔物の中には、精神世界で倒しても現実
世界に出てきて、さらに悪さをする奴もいるっていうしな。聖斗助教授にとり憑いている
かもしれない奴も、そういう奴だと考えられるんだろう。現実世界での戦いは、俺もラア
ラも協力するよ」
「スターさん、また勝手に決めているような」
エボリが言った。
「でも、人数が多い方がいいだろう。本当は孫娘を危険な目には遭わせたくないが、今回
は仕方ないだろう。なあライズ」
「全く、勝手に決めて。俺は本人がどう言うかにかかっていると思っている。正直、俺は
反対だけど」
確かに、自分の娘が得体の知れない敵と戦うのは父親としては反対だろう。
エボリもマクロスも、ライズの話には納得した。
「ところで、スターダンス教授ってなんでも勝手に決める人」
マクロスは、小声でエボリに訊いた。
「俺も、そんな話は初めて聞きましたよ」
エボリは、小声で答えた。
ラアラが、応接室に呼ばれてきた。
「話ってなんなの、おじいちゃん」
「それは、エボリ君とマクロス王子に聞きなさい」
優しく言うスター。
それを見たマクロスは、この関係が羨ましいと思った。
エボリとマクロスは、これまでのことをラアラに話した。
ラアラの顔色は、みるみる変わっていった。
「そんな、嘘よ。聖斗先生が魔人だなんて・・・絶対に嘘よ」
「いや、聖斗助教授が魔人だなんて言ってないぜラアラ。魔人に利用されているかもしれ
ないってそう言ったんだ」
エボリが、慌てて言った。
「でも、それでも。聖斗先生があの事件を起こしている張本人だったなんて嘘よ。だって
聖斗先生、今日もいつもと同じく優しかったわ。そんな聖斗先生が人の魂を食らう手伝い
をしているなんて」
ラアラの声は震えていた。
「だから、俺たちは聖斗助教授を助けようとしているんだ」
ライズが優しい口調で言った。
「ラアラが嫌だと言うなら俺は無理に協力してくれとは言わないし、エボリ君もそう思っ
ているはずだ。俺は一緒に戦ってくれとは言わない。どうするかはお前が決めるんだ」
「お父さん」
ラアラは考えた。
信じられなかった。
エウテルペ大学医学部の学生に起こる奇妙な事件。
それは、あの優しい男が起こしている。
あの優しい男が利用されて、
大昔に封印されたはずの魔人が起こしているというのだ。
あの男は、何も悪くない。
悪いのは、魔人だ。
「エボリ君、マクロスさん、私にも協力させてください。私、聖斗先生を助けたいです」
「ラアラちゃん。本当にいいんだね」
「ええ。大丈夫です、マクロスさん」
「よし、決まりだな。ラアラ、現実世界での戦いのときは頼むぞ」
「よろしく、エボリ君」

帰り道。
「聖斗助教授を、うまく医学部の庭におびき出すって言うけど」
マクロスが言った。
「そうですね。まあ、そのあたりはスターさんがうまくやってくれるでしょう」
エボリは、スターを信じるしかないと思っていた。
「で、明後日に作戦決行って、勝手に決められたけど」
「スターさんって、本当に勝手に決める人だったなんて」
マクロスもエボリも、スターの意外な一面に少々驚いていた。
「精神世界に行く、残りの二人ってどうするの」
マクロスは、それが気になった。
人数が集まらない場合は、林とスターを連れていくことになりそうだ。
「うーん」
エボリは、もしかしたら
自分とマクロスとライズの3人だけで行くことになるかもしれないと思っていた。
その時。
「おーい、マクロス、エボリ・ウイング」
「あ、プリンス」
なんと、プリンスが向こうからやってきたのだ。
「ちょっと待ってくださいよ、若」
さらには、風もいる。
「プリンス、風さん」
マクロスが二人に声をかける。
「どうしたんだよ、一体」
エボリが訊いた。
マクロスとエボリの元にたどり着いたプリンスと風は、息を切らしていた。
「実は、ちょっと調べたんだ。マクロスが見かけたあの男について」
プリンスが言った。
「で、何かわかったのか」
マクロスは、すぐに知りたくなった。
「ふふ、驚くなよ」
プリンスは、わざと間を置いている。
マクロスとエボリは、ごくりとつばを飲み込んだ。
「あの謎の青年は、助手のお姉ちゃんとラブラブなんだ」
プリンスの言葉に、エボリもマクロスも脱力した。
「はあ、なんだよ、それ」
マクロスが代表して訊いた。
「エウテルペ大学医学部の学生に訊いてみたんだ。学生たちが下宿しているアパートの周
辺に行ってね。そうしたらあの青年、聖斗助教授っていうんだが、助手のお姉ちゃんとは
、プライベートでも一緒にいるところを目撃されている。住んでいる宿舎では部屋が隣同
士で助手のお姉ちゃんが聖斗助教授の部屋によく行っているっていう情報もある。だから
、聖斗助教授は助手のお姉ちゃんとラブラブなんだ。医学部の学生もそう言ってるぜ」
「ちょっと、若、違うでしょ」
風が、プリンスの力説に対して冷静に突っ込みを入れる。
「やっぱり、そんな情報だけを仕入れたんじゃないですよね」
エボリが訊いた。
「はい、そうです、エボリ王子。まあ、若が話したことも調査中にわかったことなんです
が。聖斗助教授はエウテルペ大学医学部の助教授で、回復魔法についての講義をなさって
いるそうです。ですが、いつからエウテルペ大学の助教授になられたかという話になると
、皆さん首を傾げました。5年前という人はいませんでしたが、4年前と答える人もいれ
ば、3年前と答える人もいます。2年前と答えた人もいました。ただ、助手の女性、小華
さんといいますが、その人が助手として赴任した時期は皆さん覚えていました。去年の5
月だそうです」
風の情報は、スターの話を裏付ける内容だった。
真面目な情報で、マクロスもエボリもほっとした。
「ありがとうございます。これでスターダンス教授の話の裏づけができました」
マクロスの言葉に、プリンスは訝った。
「おい、お前らも、何かやっていたのか」
「ああ、実は」
マクロスとエボリは、これまでのことを話した。
「で、精神世界に行ってくれる人を捜してるんだけど」
エボリがそう言うと、プリンスは飛びついた。
「面白そうだ。俺も精神世界に行くぞ。風も来い」
「え、私も行くのですか」
「何だ。俺の命令が聞けないのか」
「そりゃ、若が来いとおっしゃるのなら」
「よろしくな、マクロス、エボリ・ウイング」
「よろしくお願いします」
なんだか、すぐに決まってしまったことにマクロスもエボリも拍子抜けしてしまった。
「じゃあ、明後日に作戦決行ってことですので。よろしく」
マクロスが言った。
「明後日はよろしく」
エボリも言った。

作戦決行日、午前9時。
「あの、何なんですか話って」
男は、何のことだかわからないまま
スター・スターダンスに言われたとおり
エウテルペ大学医学部構内の庭にやってきていた。
「いや、実は」
スターが言いかけると、その後ろから小華が現れた。
「小華」
「聖斗様、どうかお許しを」
小華はそう言うと、何やら呪文を唱えはじめた。
これは、結界の呪文。
聖斗はそう思った。
声に出すことはできなかった。
聖斗は、そのまま倒れた。
「よし、うまくいった」
樹木の陰に隠れていたエボリが現れた。
「小華さん、すみません。突然こんなことを言って」
樹木の陰に隠れていたライズが現れ、小華に言った。
「いいえ。私にも信じられませんでした」
小華は、ライズからこの話を聞いていた。
最初は信じられなかったのだが、
結界魔法が効いたということはあの話は本当なのだろう。
この魔法は、邪悪な霊や魔人にしか効かないものなのだから。
「さて、さっさと解決しようぜ。トロス頼むぞ」
「わかってるよ、エボリ兄さん」
トロスが現れ、万霊節の剣と呼ばれる特殊な剣で地面に大きな魔法陣を描き始めた。
魔法陣が出来上がると、精神世界に行くメンバーがその上に乗った。
マクロス、エボリ、ライズ、プリンス、風。
また、トロスと小華の他にも
スター、ラアラ、そして報せを聞いてやってきた加奈がいた。
「皆さん、どうか無事で」
加奈が、精神世界に行く5人に声をかけた。
「ああ、行ってくるよ」
マクロスが代表して言った。
「よし、トロス」
「うん」
エボリに促され、
トロスは万霊節の剣を地面に突き立て精神世界転送の呪文を唱えた。
魔法陣から光が発せられ、5人を包む。
やがて、5人はその場から姿を消した。
精神世界に転送されたのだ。
「5人とも、無事に帰ってきますように」
ラアラは祈った。
「それにしても、トロス王子はすごいですね。精神世界転送なんてとても高度な技です」
小華は感嘆している。
「トロス王子は、まだまだと思っているよ小華さん。一度に転送できるのは5人だけで、
しかも、対象となる人が魔法陣の近くで結界を張られている状態じゃないとできないって
いう話だから」
スターが言った。
「そうです。まだまだ僕も修行が足りませんよ」
トロスが、息を切らしながら言った。
「大丈夫、トロス君」
加奈が心配して、トロスを支えた。
「ああ、大丈夫だよ加奈ちゃん。あとはエボリ兄さんたちを待とう。こっちでの戦いにも
備えておこう」
トロスの言葉に、一同はうなずいた。

8.表と裏の戦い

「ここが、精神世界」
プリンスは、辺りを見回して言った。
「現実世界と、あまり変わらないな」
ライズが言った。
「エボリさん、マクロスさん。この世界は、現実世界とどう違うのですか」
風が訊いた。
「精神世界は、その人の思い出に残っている土地で構成されています。だから現実世界で
の道順を覚えていても、精神世界では全く違う場所にたどり着くことも十分あります」
最初にエボリが説明し、マクロスが付け加えた。
「今いる場所は、エウテルペ大学医学部の中庭ですね。でも、ここを出たら現実世界と同
じように医学部の構内に出られるとは限らないということです」
確かに、ここはエウテルペ大学医学部の中庭である。
聖斗には、ここが印象に残っている場所のひとつとなっているようだ。
「さて、マクロスさん。どうします。俺は聖斗助教授とは話したこともない。だから一番
思い出に残っている場所を捜すのは一苦労ですよ」
エボリの言葉を聞いたプリンスが、横から口を出した。
「おい、エボリ・ウイング。一番思い出に残っている場所っていうのが今回のことと何か
関係あるのか」
「ああ、そうだ。精神世界に巣食う敵っていう奴は、たいていその人がいちばん思い出に
残っている場所にいるものだ」
エボリは説明した。
「ところで、エリスさんから借りたこの緑の石のかけらは何に使うんだ」
ライズが訊いた。
一行は前日にメフィストとエリスに事情を説明し、
緑の石のかけらを借りた。
エリスは、緑の石のペンダントを持っている。
この石には不思議な力が秘められており、
エリスが使う力を高めてくれる。
その石と同じ鉱物から採取されたかけらを、
エボリとマクロスは、
精神世界に行くメンバー全員に持たせたほうがいいと考えた。
「これはお守りですよ。本当に強力な」
エボリは、後半の語調を強めて言った。
「どういうことですか」
風が訊いた。
「実は、このかけらに助けられているんですよ。前に精神世界に行ったとき、敵が強力な
魔法を使ってきて、もうダメだと思ったんです。本当に殺されるって。だけど、このかけ
らが魔法を吸収し、そして敵にはね返したんですよ。そのおかげで精神世界の敵を倒すこ
とができました」
マクロスが答えた。
「なあ、精神世界で死んだらどうなるんだ」
プリンスが、おそるおそる訊いた。
「おそらく、現実世界に戻ることはできない。遺体は現実世界には残らない。よって現実
世界では行方不明となる」
エボリの言葉に、プリンスはぞっとした。
「大丈夫だよ、プリンス君。生きて帰ればいいんだから」
ライズは明るい調子で言った。
「じゃ、話を元に戻しましょう。聖斗助教授が思い出に残っている場所がどこか捜すには
どうしたらいいか」
エボリの言葉にマクロスは、
そういえばそういう話だったなと気づいた。
「うーん。聖斗助教授の過去のことなんか聞いたことがないからな」
ライズが言った。
「俺、ライズさんが聖斗助教授についていろいろ知っているから、こっちに来たんだと思
いましたよ」
「若、そんな言い方は失礼でしょう」
「風さん、プリンス君の期待はもっともですよ。悪いねプリンス君。俺は精神世界が面白
そうだから、エボリ君たちについていこうと考えたんだ。父の命令もあるからね」
「あ、俺と同じですね」
「私は、若のご命令で来たんです」
プリンス、風、ライズがしゃべっている。
エボリとマクロスは、顔を見合わせた。
マクロスは考えていた。
聖斗助教授は、過去のことを誰にも話さなかったんだろうか。
それとも、話したくとも話せない状況だったんだろうか。
もしかしたら、聖斗助教授にとり憑いている魔人が
聖斗助教授の記憶を消しているかもしれない。
だとしたら、
聖斗助教授が思い出に残っている場所とは。
エウテルペ王国内、
しかもエウテルペ城下町の中にある可能性は十分だ。
故郷のことを、魔人のせいで忘れている。
あるいは、覚えていても魔人がその記憶をたどることを許さない。
だとしたら、エウテルペ城下町の中のどこだ。
考えられそうな場所、それは。
「エボリ君」
「何ですか」
「もしかしたら、医学部の校舎の入り口かもしれない」
「え、どうして」
「だって、魔人はそこから行ける地下室にいるんだろう。正確に言うと、封印されている
んだよね。聖斗助教授は魔人に呼び出されてそこに行っているのか、それとも魔人を説得
するためにそこに行っているのかわからないけど、思い出に残っている場所という言葉に
当てはめるのはおかしいとは思うが、俺はそこにいると思う」
「なるほど。確かに考えられます。それに魔人もそこにいる可能性が高い」
なら、行く場所は決まりだ。
「お三方、目的地が決まりましたよ」
エボリが、プリンスたちに声をかけた。
「本当か。どこだ」
プリンスが訊いた。
「プリンスなら、もう知っている場所だよ」
マクロスが言った。
「なるほど、わかったぜ」
プリンスには、ちゃんとわかったようだ。
「で、そこまでどうやって行くんだ」
再度、プリンスが訊く。
「テレポートを使う。精神世界だからこそ使える技だぜ」
エボリは、自信たっぷりに答えた。
だが、マクロスはテレポートという言葉を聞いた瞬間、ぞっとした。
エボリ君のテレポートって、あれか・・・。
前に精神世界に行ったとき、マクロスはエボリのテレポートを体験していた。
目的地に着いたのはよかったが、どういうわけかそこの空中にワープしたのだ。
そのためマクロスは着地に失敗し、
戦ってもいないのにダメージを受けたということがあった。
そして今回も、エボリはみんなを自分につかまらせ、
目を閉じさせ、テレポートを行った。
すると。
マクロスは、足が地面についていない感じがした。
おそるおそる、目を開ける。
そして、下を見てみる。
やっぱり、マクロスたちは空中にいた。
「ぎゃああ」
全員、下に落ちた。
エボリとマクロスは着地に成功したが、
プリンス、風、ライズは、着地に失敗してしまった。
「おい、エボリ・ウイング。何のつもりだ」
プリンスが、怒ったように言う。
「悪い。前もこうだったんだ」
エボリは平謝りした。
「ミルテちゃんからもらったこれを使おう」
マクロスは、盗賊袋から白い花を出した。
この花は、
エウテルペ王国第一王女ミルテ・ヴェガ・エウテルペが
林と共に開発した花で、回復の力がある。
ダメージを回復させると、それだけ花の寿命が縮む。
ミルテの花と呼ばれている。
幸い、今回はプリンスも風もライズもかすり傷だけで済んだ。
マクロスは、ミルテの花に念じた。
するとプリンスたちの傷が治った。
「ありがとうございます、マクロスさん」
風が代表して礼を言った。
「どういたしまして。ところで、どうやら場所は合っているようですね」
マクロスは辺りを見回して言った。
「確かに、ここはエウテルペ大学医学部の校舎入り口ですね。マクロスさん、地下室への
入り口っていうのは」
エボリが訊く。
「それらしい場所があるね」
マクロスは、敷き詰められた石畳の中に1箇所、
不自然なものがあることに気づいた。
この石畳だけ、なんだか動きそうな気がする。
他のものに比べて、隣同士の隙間が大きいような。
「よし、これを動かしてみよう」
ライズも、不自然なものに気づいたようだ。
マクロスとライズが、その石畳の隙間に手をかけて上げてみる。
石畳は、ちゃんと上げることができた。
ただ、二人で上げるのには少々重かった。
プリンスも手を貸し、石畳をどけることができた。
「これは」
風が、石畳の下に現れたものを見て息を呑んだ。
地下に続く階段だった。
「なあ、エボリ・ウイング。この地下は、本当に現実世界の地下室に続いているのかよ」
プリンスが訊いた。
「うーん。保証はないんだよな。精神世界だからどこにつながっているかはわからない」
エボリは答えた。どこか不安そうだ。
「でも、聖斗助教授が魔人のせいで記憶を消されているか記憶をたどることができないと
仮定すれば、エウテルペ城下町のどこかにはつながっていると思うぜ。もしかしたら重要
な場所の入り口だと普通に行けるかもしれないよ」
マクロスが言った。
「それを祈るしかないね」
ライズがうなずく。
「それじゃ、行きましょうか」
風が言った。
エボリ、マクロス、プリンス、風、ライズの順で
地下に続く階段を下りていった。
そこは、暗い部屋だった。
だが、床から青白い光が発せられている。
よく見たら、それは魔法陣だった。
床に描かれた魔法陣から光が出ているのだ。
あれは、封印の魔法陣。
マクロスは以前、あの魔法陣を古い書物で見たことがあった。
そして、魔法陣の中心に人がいた。
光のせいか、その人物の輪郭はわかった。
細かい容姿まではよくわからないが、
あの姿に、マクロス、プリンス、ライズは見覚えはあった。
「聖斗助教授」
ライズは、その人物に呼びかけた。
どこからともなく、恐ろしい声が聞こえてきた。
上から聞こえてくるような気がするし、
あの人物から聞こえてくるような気がしないでもない。
「だ、誰だ」
エボリが叫んだ。
「ワガ名ハ、マサト」
そんな声が聞こえた瞬間、
魔法陣からものすごい光が発せられた。
「うわ」
5人は、慌てて目を覆った。
光は青白いものからだんだん黒いものへと変わっていき、
魔法陣の中心にいる人物を包んだ。
マクロスは、目を覆っていた手を下ろして相手の様子を見た。
聖斗助教授と思しき人物を、黒い光が包んでいる。
その光は黒かったが、暗いという感じはしなかった。
ちゃんと、あの人物が見える。
あの人物の手が、黒い手になっていく。
そして、ものすごく爪が長い野獣のような手になっていく。
背中には、黒い悪魔の翼が生える。
そして、額のバンダナが下に落ちる。
額には、十字架の傷が現れる。
相手が完全な変貌を遂げた瞬間、部屋が一気に明るくなった。
それがわかったのか、
エボリ、プリンス、風、ライズは目を覆うのをやめた。
4人は、そいつの姿を見て驚いた。
聖斗助教授とよく似ているがあれは違う。
ライズは思った。
「貴様が魔斗か」
マクロスが訊いた。
「そうだ」
魔斗は答えた。
そして今まで閉じていた目を見開いた。
その瞳は、とても冷たい感じがした。
感情というものを全く映していない。
悪意の塊のような、紫色の瞳だった。
「ふん、男ばかりか。つまらんな」
魔斗は言った。
「そりゃ、女子学生ばかり狙っている奴だったらそう思うだろうな」
プリンスが言った。
「若、どうしてそんなことを」
「だってよ、こう言いたくなるだろ」
プリンスが言ったことは、風も思っていたことだ。
しかし、今はこんなことを論じているわけにはいかない。
「あなたが襲った学生の皆さんは、今でも病院で眠りつづけています。あなたは学生さん
の魂をどうする気ですか」
風が訊いた。
「決まっているだろう。我が魂とするのだ。我の魂となれば永遠の命になる」
「そんなことでか。封印されたくせに、生意気言ってんじゃねえよ」
エボリが言った。
「何とでも言うがよい。我の魂は不滅だ。何もできない人間の身体より、我の身体と共に
生きるほうがいいだろう」
「それは貴様の都合だろう、魔斗」
ライズが叫んだ。
「貴様の魂になった人は、自分の心がなくなってしまう。魂を奪われた身体はもう動かな
い。すなわちそれは死を意味する。貴様は結局人を殺したいだけなんだろう。魂を自分の
ものにするなんて、結局は人殺しじゃないか」
「わかりやすく言うとそうだな」
魔斗は、何とも思っていないようだ。
「なぜだ」
マクロスが訊いた。
「なぜ、聖斗助教授を選んだ」
「それを言う必要はない」
魔斗はそう言うと、突然、マクロスに襲いかかってきた。
マクロスは、すんでのところで攻撃をかわした。
それを見たプリンスが、魔斗を後ろから斬り付ける。
「ぐっ」
翼に傷をつけられ、魔斗は一瞬ひるんだ。
「プリンス、伏せろ」
エボリが叫ぶ。
プリンスは伏せた。
瞬間、エボリはパイプ銃を撃った。
「ぐわっ」
魔斗は、弾丸を左腕に受けた。
「くらえ、でこぴん」
すかさずライズが魔斗の額の十字架の傷がある場所に、
でこぴんを思いっきり食らわせた。
「ぎゃあ」
魔斗は悲鳴を上げた。
ライズのでこぴんは、ただのでこぴんではない。
マクロスのビンタと同じく、
立派な武術のひとつとして確立されているのだ。
ダメージは、一般の人間が使うでこぴんより数段強力である。
ライズは人々からでこぴんマスターと呼ばれていた。
でこぴんを最初に武術として確立したのは、
ライズの父スターなのだ。
魔斗が額を押さえている間に、風が技を放った。
「野襲」
強力な真空の刃が、魔斗を襲った。
「ぐわあ」
身体を切り刻まれ、
魔斗はさっきより大きな悲鳴を上げた。
「なんだ、大したことないな」
エボリが言った。
「おのれ、よくも」
魔斗はそう言いながら、傷口に手を当てた。
「傷が回復しているぞ」
プリンスが言った。
「はは、そうだ。驚いたか。では、こちらからいくぞ」
魔斗はそう言うと、両手のひらから黒い光を放ってきた。
その途端、エボリたちの身体が重くなった。
身体が動かない・・・。
マクロスは、それが実感できた。本当に身体が全く動かないのだ。
「さて、まずはお前から料理してやろう」
魔斗はそう言って、マクロスに近づいてきた。
プリンスは叫ぼうとしたが、声が出なかった。
魔斗の手の爪が、異様に伸びた。突き刺す気だろうか。
「覚悟しな」
魔斗がそう叫び、マクロスに爪を突き刺そうとしている。
マクロスは、盗賊袋から緑色の光が発せられていることに気づいた。
エリスさんの緑の石のかけらだ。
それが何の光なのか、マクロスにはよくわかった。
光は、マクロスの身体を包んだ。
魔斗の爪が折れた。
同時に、マクロスの身体が動くようになった。
「食らえ。ビンタ9999」
マクロスは、ものすごい速さでビンタを9発放った。
魔斗は、攻撃をまともに食らった。
この時に、エボリたちの身体も動くようになった。
「やったぜ。俺たちも動けるようになった」
エボリが言った。
「できることなら、あの怪しい光からも守って欲しかったぜ」
プリンスが、ポケットに入っていた石のかけらを取り出して言った。
「そんな贅沢はいいっこなしですよ」
風は、冷静に言った。
「それにしても、さすがはビンタの創始者だね。あいつにあんなダメージを与えるなんて
。それになんか上から光が差し込んでくる」
ライズの言葉に、エボリははっとした。
「マクロスさん。こっちの世界での魔斗は倒されました。あとは現実世界に逃げる魔斗を
倒すだけです」
「ああ、わかったよエボリ君。事実、魔斗はあの光に吸い込まれていく」
マクロスにも、ちゃんとわかっていた。
「さて、あともうひと仕事だな」
プリンスが言った。
「現実世界の敵は、今よりも強くなっている場合もある。弱くなっている場合もあるけど
、あの魔斗の様子からすると強くなっている可能性のほうが高いだろう」
エボリの言葉に、風はうなずいた。
「そうですよね。よくよく考えたらこっちは動けなくなりましたけど、ダメージを食らっ
たわけじゃないし」
「現実世界では、こっちでは使わなかった技を使ってくる可能性もあるってことだね」
ライズが言った。
「俺たちも早く現実世界へ戻りましょう。じゃないと、トロス君たちに迷惑をかけること
になりますよ」
マクロスが、一行を促した。
「そうだな。よし、俺たちの力を見せてやろうぜ」
プリンスが意気込んだ。
そして、5人は現実世界への光に吸い込まれ精神世界を後にした。

目の前に現れた、聖斗によく似た人物を見てラアラは唖然とした。
「聖斗先生」
小華は、そいつを見てびくっとした。
さっきまで、こんな奴はここにいなかった。
沸いたように現れたそいつを見て、何も考えられなくなった。
「聖斗助教授」
スターが、横たわっている聖斗に近づく。
「私は、一体・・・」
聖斗は、意識が戻っていた。
「聖斗よ」
聖斗によく似た人物は、聖斗に向かって言った。
「今こそ、我とそなたが同化するときだ。今まで、我がそなたとして動いた。今度はそな
たが我として動く番だ」
その声は、まるで地獄へ誘い出すような声だった。
「誰がお前なんかに」
聖斗は、肩で息をしながら答えた。
「そなたは我に恩を返そうと思わないのか。エウテルペ大学医学部助教授になれたのは、
我のおかげだろう」
そうか、そういうことだったのか。
スターには合点がいった。
聖斗がいつからエウテルペ大学医学部の助教授になったのか、
誰もわからなかった理由。
それは、あの人物の仕業だったのだ。
「このままじゃ危険だわ」
加奈が言った。
隣にいたトロスは、心の中で言った。
何やってるんだよ、エボリ兄さんたちは。
あれは、
エボリ兄さんたちが倒した聖斗助教授の中に巣食っていた魔人だ。
こっちの世界に出てきたってことは、
精神世界で居場所を追われたからだ。
だから、
エボリ兄さんたちも帰ってきていいはずなんだけどな。
早くしないと、聖斗助教授が危ない。
その時だった。
転送の魔法陣から、エボリたちが現れた。
「マクロスさんたち。無事だったんですね」
加奈が言った。
「ああ、何とかね」
マクロスがそう言って、加奈に微笑む。
加奈も、それに対して微笑み返す。
「貴様ら」
魔斗は、エボリたちの姿を見て屈辱の表情を浮かべた。
「覚悟しな、魔斗」
プリンスが言った。

9.光と闇

「えい」
魔斗は、気合いを入れた。すると、魔斗の身体が黒い光に包まれた。
「なっ」
スターがのけぞる。
光から発せられた風圧によるものらしい。
「おい、何が起こっているんだ」
ライズは、黒い光がだんだん大きくなっているような気がした。
いいや、確かに大きくなっている。
「あいつ、巨大化していますよ」
風が言った。
「相当厄介な奴みたいだな」
プリンスは、風の言葉を受けて言った。
「大丈夫か、トロス」
エボリは、肩で息をしているトロスのもとへ駆け寄った。
「だ、大丈夫」
トロスは、そう言うのがやっとのようだ。
「よくかんばってくれた。お前は休んでいろ」
エボリはそう言って、トロスをねぎらった。
「そうよ、トロス君。無理はしないで」
加奈が言った。
トロスはうなずくと、その場に座り込んだまま目を閉じた。
「加奈、俺たちが精神世界へ転送されてからどのくらいであいつが出てきた」
「そうね。3~4分ってところかしら。10分も経っていないのは確かよ」
「なら、トロスが回復しないのもうなずけるな」
「エボリ君、トロス君は無防備だから私たちで守りましょう」
「そうだな」
エボリと加奈は、トロスを守ることに集中すると決めた。
魔斗への攻撃は、他のメンバーに任せることにしたのである。
黒い光が、だんだん魔斗の身体から離れていく。
そして、魔斗は再び姿を現した。
明らかに、巨大化している。
精神世界で見た魔斗の、倍くらいの背丈になっている。
「どうだ。恐れ入ったか」
「でかくなったからって、いい気になってるんじゃねえよ」
プリンスが叫んだ。確かにそうである。
「大口を叩いていられるのも今のうちだ」
魔斗は言うと、右手に力を集中させて大きな黒い光の玉を放った。
「おっと」
プリンスは、寸でのところでかわした。
球体はそのまま、聖斗を直撃した。
「はは、どうだ聖斗よ」
魔斗は勝ち誇ったように笑った。
「聖斗様」
小華が叫び、すぐに駆け寄ろうとする。
魔斗は、再び黒い球体を右手から放った。
「小華さん、危ない」
風が叫んだ。
小華は、この攻撃は除けられそうにないと思った。
もうすぐあの球体を食らってしまう。
「小華さん」
誰かが、小華を突き飛ばした。
金髪の少女、ラアラだった。
ラアラは、小華の代わりに球体を食らってしまった。
「きゃああ」
「ラアラさん」
小華は、自分をかばってくれたラアラに駆け寄ると
すぐに回復魔法をかけた。
「ありがとうございます、小華さん」
「小娘、やるな」
小華に当てるつもりだった球体が、少女に当たったことを魔斗は喜んでいるようだ。
「貴様。よくもラアラを」
ライズはそう叫ぶと、魔斗に向かって走っていった。
「虫ケラが」
魔斗は、ライズに蹴りを見舞った。
巨大化した魔斗の蹴りは強力だった。ライズは、身体でまともに受けてしまった。
「ライズ」
スターが叫び、駆け寄ろうとした。
だが、聖斗の傷の手当てをしないと魔斗に魂を食われてしまうかもしれない。
「スター教授、ここは私が行きます」
風がそう言って、ライズに駆け寄った。
「おい、マクロス」
プリンスは、マクロスの隣に行っていた。
「さっきからずっと黙っているが、まさかただ見てるだけじゃねえだろうな」
「俺だって何とかしたいけど、うかつに近づいたら・・・」
マクロスは言った。
「俺たちがやられたら、このエウテルペはどうなる。あいつに魂を奪われた人たちはどう
なるんだ」
「そういえば、あいつを倒さないと魂を奪われた人たちは死ぬんだよな」
プリンスは、それを考えるとなんとしてでも生還しなければならないと思った。
「マクロス。今、ミルテの花を使ったらどうなるかわかるか」
「そうだな。ライズさんの傷が相当ひどいみたいだから、今使うと花の寿命が来るか来な
いか微妙なところだぜ」
この二人がこうやって会話ができるのは、二人とも魔斗の背中側にいるためである。
よって、魔斗はマクロスとプリンスには注目していないということだ。
二人とも男のため、魔斗は興味がないのだろう。
魔斗は、女の魂を好む。
「ライズさんを助けたいけど、下手に使うとなくなるし」
マクロスは、微妙な立場に立たされた。
「なあ、小華さんに回復を頼むか」
「そういえば、小華さんは僧侶だよな」
こんな会話をしている二人をよそに、戦いのほうは。
「どうだ」
魔斗はそう叫ぶと、両手からものすごい風圧を発した。
「これは遠い」
スターが叫んだ。
小華が、結界を張ろうとしたが、遅かった。
ラアラ、ライズ、スター、風、小華、聖斗は吹っ飛ばされた。
「みんな」
エボリと加奈が叫んだ。
「おい、やばくねえか」
プリンスが言った。
小華たちが吹っ飛ばされたのは、マクロスとプリンスにもわかった。
「よし、これを使おうプリンス。エボリ君が、こうさぎの剣を持っている。それをエボリ
君から借りて、あいつの額に斬りつけてくれ。今なんとかしないと本当に全員やられる」
「わかった」
プリンスは、魔斗に気づかれないようにエボリの元へ急いだ。
「ミルテの花よ」
マクロスは、ミルテの花に念じた。
花が光り、小華たちの傷が癒された。
だが、ライズの傷までは完治しなかった。
完治する前に、花は消えてしまったのだ。
「な、なんだ」
魔斗は、敵の傷が回復したことに焦った。
「ミルテの花の力だ」
後ろからの声に、魔斗はぎょっとした。
「魔斗、俺が相手だ」
M法!
敵の体力を半分にするM法。
こんな奴に効くとは思えないが、敵をひるませることぐらいならできる。
魔斗が自分に注目している間に、
回復魔法を使える人がライズを回復させてくれればいい。
マクロスはそう思った。
「うっ、急に体力が」
なんと、魔斗ががっくりと膝をついた。
マクロスの技が効いたようだ。
「おのれ」
魔斗は立ち上がると、マクロスに向かって拳を振り下ろそうとした。
プリンスが再び現れた。右手にはこうさぎの剣を握っている。
強く地面を蹴り、高く跳びあがった。
そして、魔斗の額にある十字架の傷を目掛けて思いっきり斬り付けた。
「ひゃ」
魔斗は、悲鳴を上げた。
「お前もこれまでだ。天駆ける龍の閃き」
すかさず、マクロスがものすごい速さでビンタを10発放った。
魔斗は、ものすごい悲鳴を上げる。
「スターさん、ライズさん、ラアラちゃん。占星術を魔斗に」
マクロスが叫んだ。
ライズは、小華に回復してもらっていた。
スターたちはきょとんとする。
「早く」
「わかった。ライズ、ラアラ、いいか」
「おお、父さん」
「いいわよ、おじいちゃん」
スターダンス一家は、天に向かって両手をかざした。
そして、何やら詠唱をはじめた。
「占星術」
3人が同時に技の名を言った。
すると、空が一気に暗くなり、たくさんの光線が魔斗に降り注いだ。
星の力を借り、敵に連続してダメージを与える占星術。
人間が使う場合は夜のほうが効果が高いが、
星士が使えば、昼夜を問わず敵に大ダメージを与えることができるのだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
この世のものとは思えない、断末魔の叫びだった。
魔斗は姿を消していった。
空からの光線は止み、空は元の明るさに戻った。
「やった」
ラアラが飛び上がって喜んだ。
「やった、勝ったんだ」
ライズもそう言って、スターとがっちり握手する。
「よかった」
小華は、小声でそう言った。声が震えているようなそんな気がした。
「若」
風は、二人のもとへ駆け寄った。
「おー、風。どうだ俺の剣術は」
「最高ですよ若」
「プリンス。あいつを倒せたのは君のおかげだよ」
「そう言われると照れるなマクロス。でも俺だけの力じゃないぜ。マクロスもそうだし、
スターダンス一家のおかげでもある」
「みんなの力で勝てたんですよ」
風の言葉に、マクロスとプリンスはうなずいた。
「どうやら、聖斗助教授の姿はちゃんとあるみたいだな」
プリンスが言った。
聖斗という人物は、魔斗が作り出したものだという考えもあった。
だが、まだ聖斗の姿があるということは
魔斗が作った人物ではないだろう。
もしそうだとしたら、聖斗も消滅するはずである。
エボリは、トロスを担いで加奈と共に一行のもとへやってきた。
「やりましたね」
「全ては、あの二人のおかげだよ」
スターはそう言って、マクロスとプリンスを指した。
「ところで、聖斗助教授は無事なんですか」
加奈の指摘に、スターたちははっとした。
聖斗には、傷はなかった。
ミルテの花のおかげで回復したのだろう。
しかし、聖斗はその場に倒れたまま動かなかった。
「聖斗様」
小華が、おそるおそる声をかける。だが反応がない。
「とにかく、病室へ運ぼう。小華さん、鍵はありますか」
ライズが訊いた。
「はい、ここに」
「よし、俺が聖斗助教授を運ぶから、先に校舎の扉を開けておいてくれ」
スターが言った。
小華が扉を開け、スターが聖斗を医学部構内の病室のベッドへと運んだ。

聖斗が気づいたのは、その日の夕方だった。
「あ、聖斗助教授、気がつきましたか」
病室にいたエボリが声をかけた。
「ええと、あなたは」
聖斗がこう言うのも無理はなかった。
エボリとは初対面だ。
「名前を言わずにすみません。俺はエボリ・ウイング・エウテルペです」
「エウテルペというと、王子様ですか」
「第二王子です。ですがあんまり気張らなくていいですよ」
エボリは、楽にするように言った。
聖斗は、他にもう一人、病室にいることに気づいた。
金髪の青年だ。
「そちらの方は」
「俺はマクロスです」
マクロスは、名前だけ告げた。
名字まで言ってしまうと特別扱いが待っていそうだからである。
「それにしても、災難でしたね」
マクロスは言った。
「あいつの、魔斗のことですか。エボリさんもマクロスさんも、あいつを倒してくれたん
ですね。ありがとうございます」
聖斗は礼を言った。そして語った。
「もう、エボリさんもマクロスさんも感づいているとは思いますが、私はこのエウテルペ
城下町の人間ではありません。エウテルペ王国の東側にある町、ハフナーで僧侶の勉強を
していました。ハフナーの僧侶学校を卒業した後、エウテルペ大学医学部の僧侶の学部で
大学院生として生活するはずでした。いいえ、確かに大学院生として生活していたのです
。しかし、大学院生生活の2年目に入ったとき、どういうわけか私は助教授になっていた
のです。なぜかは全くわかりませんでした。ふと、春休みに読んだ書物のことが気になっ
たのです。その書物には、大昔、人の魂を食らう魔人がいたこと。その魔人がエウテルペ
王国のどこかに封印されたことが書いてありました。封印は、やがて解けます。あいつは
封印の力が弱まったのをいいことに外に出ようとしたのです。そして、精神が同調しやす
い私を選んで、あいつは精神の一部を私と同化させたのです。私を助教授に仕立て上げた
のもあいつの仕業です。助教授という立場ならたくさんの学生に会う。あいつは私を利用
してターゲットになる学生を物色していたのです。昼間は私の精神がうまく作用しますが
、夜になるとどうしても魔斗の精神が出てきてしまいます。私は魔斗の精神と戦いながら
、なんとかやめさせようと夜に魔斗を説得しに行きました。しかし奴はひどい奴でした。
私が説得しに行って夜が明けると、ターゲットにした学生の魂を食らったのです。そして
、私の記憶からはそのことが消されました。魔斗が倒されてそのことを完全に思い出した
のです。私は、皆さんに迷惑をかけてばかりいました。こんなことになったのは、すべて
私の責任です。もう、私が助教授だったことなど誰も覚えていないでしょう」
「それはどうですかね、聖斗助教授」
病室の外から声が聞こえた。
「聞いてたのか、プリンス」
マクロスが、声の主に訊いた。
「ああ」
プリンスは肯定した。
「立ち聞きとは悪い奴だな」
エボリは言う。
プリンスは病室に入ってきた。
こうさぎの剣は、エボリに返してある。
「失礼します、聖斗助教授。俺たちが聖斗助教授って呼んでるから教授なんですよ。申し
遅れましたが、俺はプリンスです」
プリンスの言葉に、聖斗はきょとんとした。
「でもプリンスさんは、エボリさんやマクロスさんと同じく魔斗を倒した人でしょう。だ
から私のことを助教授と認識してくれているのでは」
「だったら、この人はどうだろう」
プリンスの言葉に続いて、一人の女性が入ってきた。小華だった。
「聖斗様」
小華は、呟いた。声が震えていた。
「小華」
「よかった。聖斗様が無事で」
小華はそう言うと、聖斗の胸に飛び込んだ。
聖斗は、小華を優しく抱いた。
「すまなかった、小華。私の力不足で」
「いいえ、聖斗様が助かって本当によかった」
この光景を見たエボリ、マクロス、プリンスは、
静かに部屋を出た。

その日の夕食。
プリンス、風、加奈は、エウテルペ城に招待された。
スターダンス一家は、一家だけで食事をするということだった。
「じゃ、マクベス様のときと、攻略法は全く同じだったんですか」
魔王が、戦いの全貌をマクロスから聞いた後に言った。
「ああ、そうなんだよ。連続攻撃が使える人がいて、助かったぜ」
マクロスはほっとしているようだ。
「エボリ・ウイングがこうさぎの剣を持っていたから助かったんだぜ」
プリンスが言った。
「トロス君は」
加奈は、トロスが心配のようだ。この席に姿がない。
「お兄ちゃんなら、部屋で寝ているわ。今日はそっとしておいてあげましょう」
長い金髪を二つに結い、茶色の瞳を持つ少女が言った。
彼女が、ミルテの花を作ったミルテ・ヴェガ・エウテルペだ。
「それにしても、トロスにとっては久しぶりの大仕事だったよな」
林が言った。
「俺も、久しぶりの大仕事だったぞ」
エボリが言った。
「お前はほとんど何もしていないだろう」
「ひどいな林。ちゃんと精神世界にも行ったぞ」
「だけど、ピンチになったのはマクロスさんで、お前じゃないだろう」
「まあ、二人とも落ち着いて」
風がなだめた。
「聖斗助教授の具合はどうなんだ」
フォーン・サイレンス・エウテルペ、通称、運命が訊いた。
「あのぶんだと、多分大丈夫だろう。今ごろは小華さんと一緒にアパートの自室に帰って
いるんじゃないか」
マクロスが推測した。
「そうだろうな。石のかけら、エリスさんに返しに行かないとな」
プリンスの言葉に、マクロスははっとした。
「明日返しに行くか。あと、報告もしなきゃ」
マクロスは言った。
「プリンスと風さんのぶんも返しておくぜ」
「悪いな」
「ありがとうございます」
プリンスと風は、石のかけらをマクロスに渡した。
「ところで、聖斗助教授が除名処分になるなんてことあるのかしら。もとは助教授じゃな
かったんでしょう」
ミルテが訊いた。
「それも、多分大丈夫だろう。小華さんが聖斗さんを今までどおり慕っているなら、他の
人も聖斗さんは助教授と認識しているだろうな」
運命が答えた。
「それに私たちも、魔斗を倒しても聖斗助教授と呼んでいますからね。それに面識のある
スターダンス教授も聖斗助教授のことを忘れていませんでした。前々から知っている人が
、聖斗助教授を助教授として認識しているから、人々の記憶から聖斗助教授が消えること
はないでしょう」
風が付け加える。
「聖斗助教授とはちっとも面識がなくても、ちゃんと聖斗助教授って呼べる。もし、聖斗
助教授が初めから存在しない人だったら、助けた後に誰だよあれはって、みんな言ってい
るはずだ。それが町中で聖斗助教授を見かけた加奈や、今日初対面だった人もみんな聖斗
助教授が存在することをわかっているぞ」
エボリが言った。
「存在が消えたのは魔斗なんだ。聖斗助教授ではなく、聖斗助教授の中に潜んでいた魔人
の存在が消えたんだ」
マクロスが言った。
「それで、マクロス。エボリ・ウイングは事件を解決したんだぜ。何か礼をしなければい
けないんじゃないのか」
プリンスの指摘に、マクロスははっとした。
「そういえばそうだ。エボリ君、秋競馬の予想でいいかな」
「マクロスさん、気を使わなくてもいいのに」
「魂を食われた人は大丈夫かしら」
加奈がそんなことを言った。
「術者を倒せば助かるっていうから、多分、明日には回復してるでしょう」
ミルテが言った。
「全ては、明日の新聞を待つってところか」
運命が言った。
「そうですね。気長に待つことにしましょう」
風の言葉に、一同はうなずいた。
そうだ、魔斗に魂を食われた人が助かって本当に事件が解決するんだ。
マクロスは、そう実感せずにはいられなかった。

おわりに
夏休みが始まろうとしていた。
「只今帰りました」
ギルドに着いたマクロスを、プリンスが出迎えた。
「お帰り。どうだった」
「このとおりだ」
マクロスは、戦利品である帳簿を出した。
「犯行声明文を残しておかなかった」
マクロスは紙とペンを出し、
警察への報告文を書き始める。
「チェックメイトさん。今日は人がいないですね」
マクロスは、建物の中を見渡して言った。
「もうすぐ、ギルドの夏休みに入りますからね。依頼自体が少ないんですよ」
チェックメイトは答えた。
盗賊ギルドは、年中無休というわけではない。
夏場に、一週間程度の休みがあるのだ。
マクロスはギルドを後にし、警察に向かった。
エウテルペ警察に行くと、フィガロ・プラチナムがいた。
彼は、濃い茶色の髪を肩より下の位置まで伸ばし、
印象的な黄緑色の瞳を持つ青年である。
エウテルペ警察では、
主に知能犯を担当する上官だ。
「やあ、マクロス君。仕事だったのか」
「はい。これをどうぞ」
マクロスは、戦利品をフィガロに渡した。
「これは、あのドラッグストアのか」
「そうです。これをどう使うかは、フィガロさんにお任せします」
「うん。あのドラッグストアは、警察が行くと、この通常どおりの値段で売っているほう
の帳簿を見せてきた。だが、住宅街の人々からは苦情が殺到している。だから家宅捜索を
しようかと考えていたんだけれど、手間が省けたよ」
「魔王が心配するので、早く帰ります」
「ご苦労だった。気をつけて帰ってくれよ」
魔王が心配するなんて言葉が、
どうして出てきたのだろうか。
仕事は夜中だから、自分に構わず寝ていいと言ってある。
(俺も、まだまだ子供だな)
マクロスはダナエに戻ると、着替えてベッドに潜り込んだ。
シャワーを浴びるのは、明日にしよう。
翌朝、
遅くに寝たのに、すごく早く目覚めた。
シャワー室に向かった。
「おはよう、運命君」
「マクロス君。仕事じゃなかったの」
「うん。どうも早く目覚めてね。シャワー浴びたかったし」
「朝食のときに、今回の事件のことを話してくれよ」
「もちろん」
その日、警察では
ドラッグストアの店長が、事情聴取を受けていた。
そして、真相を自供した。
悪徳店長は逮捕された。
ドラッグストア自体は、
別の店長を雇い、存続されることになった。

夏休みが終わろうとしていた。
エウテルペ城下町のオープンカフェにてー
「聖斗助教授は、いままでどおりエウテルペ大学医学部に助教授としていることになった
らしいな」
「はい。ラアラさんが教えてくれました。いままでの活躍が認められたようです」
加奈が言った。
「なあ、今回のことはチェックメイトに話すのか」
プリンスがマクロスに訊いた。
「どうだろう。夏休み中の出来事だからな・・・」
「おい風、俺たちにも夏休みなんてあったか」
プリンスが言った。
「いえ、我が国の王族に休みはないです」
「そんな国には帰りたくないな」
プリンスがぼやいた。
「ところで、風さん。言葉が上手くなりましたね」
ここ1ヶ月ほどで、かなり上達していた。
加奈に褒められた風は言った。
「休みが明けたら、チェックメイトさんに話します。そして盗賊試験を受けます」
「もう、好きにしな」
なんだか、プリンスは投げやりな言い方をしている。
「あ、マクロス君たち」
覆面をつけたメフィストが、声をかけてきた。
「メフィストさんと、エリスさん」
マクロスは、その姿を見て言った。
「エリスさん。石のかけらで救われましたよ」
「ありがとうございました、エリスさん」
風も礼を言った。
「どういたしまして。皆さんが無事でよかったです」
「私の名は風です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。メフィスト・カカオマスです」
「妻のエリスです」
「メフィストさんもエリスさんも、一緒にどうですか」
加奈が誘った。
「では、お言葉に甘えて」
メフィストとエリスは、席についた。
「何を注文しようかしら」
エリスはそう言ってメニューを手に取った。
「僕は、もう決めてあるよ。チョコレートパフェ・スウィート」
メフィストは、最初から決めていたようだ。
「メフィスト様は、甘い物がお好きですね」
魔王が指摘した。
「私も甘い物は好きですよ」
風が言った。
「風さんもチョコレートパフェ・スウィートを注文しましたよね」
加奈は、風の前にある器を見て言った。
食べかけのチョコレートパフェ・スウィートがある。
「俺は、エボリ君おすすめのチョコレートパフェ・ビターがいいね。甘さ控えめの」
マクロスが言った。

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